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門前払 勝無

第1話

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悲しみを忘れたいー。


 孤独を初めて感じた瞬間はハーメルン公園で野球を見ていた時だった。

 斎藤くんから野球クラブに誘われて練習を見に行くことになった。同じユニフォームを着た子達が集まって一つのボールを追い掛けているのをベンチに座って見ている。皆は楽しいからやっているのか、決められたマニュアルだからやっているのか、プロ野球選手になりたいからやっているのか解らなかった。

 足元のアリンコの巣と野球の練習風景を重ねて見て「アリンコにはなりたくない」と思った。


 田町の改札から雪崩れ出てくる人間の溶岩を見ながら、あの野球の練習風景を思い出した。

 孤独とは、一人だから孤独なのでは無くて誰かが回りに居るから自分が孤独を感じるのである。一人でも、回りに一万人いても自分は一人だけなのである。共通の何かを持って孤独をまぎらわす事は出来ても人はもともと孤独なのである。


 コイツは鋭い目で警戒している。

 腰まで伸びた髪、黒い服装、ボロボロのサンダル…。

「どっちがいい?」

「…何がっすか?」

「新しい靴を買うか、髪を切るかだよ」

「どっちも結構です」

「じゃあ、二つある選択肢を二つともできたらどうする」

「それって二択じゃないですよ」

「どっちを先にやるかの二択だよ。サンダルを買いに行くときにダンプに轢かれて死ぬかもしれない、先に髪を切りに行けば良かったと後悔するかもしれないじゃん」

「そんなの解らないですよ。ダンプじゃなくて…サンダルを買いに行こうと外に出たら急に死にたくなって自殺しちゃうかもしれないですよ」

「それもそうだな」

「そんなことよりも、俺にこんな話している時間が無駄だし、矢吹さんもめんどくさいんじゃないですか?」

「めんどくせぇけど…仕事だもんよ」

 俺はタバコをくわえた。

 ガラス越しに教室の方を見るとダラダラ、トランスのイベント状態の授業が繰り広げられている。

「一応な君の面接日なんだよね…適当な会話してればいいから、あと十分付き合えよ…飯奢ってやるからさ」

「飯いいんすか?」

「良いよ」

「やよい軒なぁ」

「良いっすよ」

空雄の表情が少し緩んだ。


 夜ー。

 教室で書類の整理をしていると、赤松君がやって来た。なつっこい性格の彼は色んなものを受け入れて悩むタイプである。

「どうした?」

「寝れないんすよ…」

「悩みかい?」

「はい、聞いてもらっても良いですか?」

「いいよ」

「このまま大剣で行くか、太刀に行くか悩んでるんです」

「…このまま大剣でいけ」

「でも、太刀もかっこいいんすよ」

「人は無いものが良く見えるんだよ。でも、一本を貫いている方が後々かっこ良くなるものさ…ところでなんの話をしてるんだよ?」

「一つを極めるってことですね」

「そうだよ…で、これはなんの話をしてるんだ?」

赤松君はポーチから携帯用ゲーム機を出して電源を入れた。

 画面にモンスターハンターが現れた。

「武器の悩みだったか…」

「そうです…矢吹さん知ってますか?」

「へっへっへ、知ってるも何も俺はプロハンだよ」

「やってるんですか?」

「もちろん」

俺は引き出しからPSPを出して赤松君に見せた。

「おお!一緒にやりましょうよ!」

「いいよ」

俺は仕事を止めて赤松君とひと狩り出掛けた。

「矢吹さんの娘可愛い装備してますね!」

「キリンね、双は属性入りやすくしたほうが好みでね」

「俺のゴツいカブトムシ見たいですよ」

「それもいいと思うよ」


 二人で朝までモンハンで遊んだ。

 コンビニで朝飯を買ってから赤松君は寮へと帰っていった。


 次の日、夜に仕事をしていると赤松君が空雄を連れてきた。

「矢吹さん!仲間を連れてきました!」

「空雄もモンハンやってたんだ」

「やってますよ!まっちゃんに教えたの俺っすよ」

「そうなんだ」

「結構皆やってますよ」

その日は三人で朝までモンハンをした。

 デニーズで朝飯を食べて俺はそのまま出張で埼玉まで出掛けた。


 夜に出張から帰ると七人ほど教室でモンハンをやっていた。

「すげぇ増えたな!」

「お邪魔してます」

「君達の教室だから良いよ。それより君達は夜行性?」

「それ俺らはデフォです」

それぞれ滅多に他人とは会話すらしない連中だが、ゲームになるとわいわいしながらやっている。

「誰か手空いてるのいる?」

「俺空いてます」

脇阪君が速答した。

「これで皆にお菓子と飲物買ってきてやんなよ」

俺は二千円渡した。

「いいんすか?」

「お菓子とかジュース飲みたいじゃん?」

「はい!あざっす」

脇阪君は走って教室から出ていった。

 一人の装備を作るためにクエストへ行ったり、解らないことなどを調べあっていたりと、昼のトランス状態とは皆別人であった。

 産まれも年齢もバラバラな連中が孤独をまぎらわす道具を持ち寄って無機質な空間に温もりを造っている。彼等は居場所を自分達で作り上げているようであった。

 それから毎日のように夜な夜な集まってきてモンハンを開始ている。


 総勢十七人になったー。

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