第一章22 『首席と次席』
総勢百人が集まる会場。そこは独特な緊張感に包まれていた。
普通なら、喧騒に包まれる筈のこの会場。しかし、入学式の直前ということもあって、誰一人として声を上げない。
集会用だと思われるこの会場には、多くの椅子が用意されていて、コウはその座り心地の良い椅子に座りながら、静かに待っていた。
もうすぐ、入学式が始まる。
「ようこそ皆さん!まずは合格おめでとう‼︎ 心から歓迎するよ、アストレア剣術学院にようこそ――‼︎」
正面のステージの脇から白髪の男性が現れ、歓迎の言葉が俺たちに送られた。
白髪の男性――この学院の学院長は、ニカっと笑みを浮かべている。
「ああ。そういえば、僕の自己紹介がまだだったね。 それでは、自己紹介をば――」
学院長は、その銀色にも似た白髪を押さえて、ダイヤモンドのように綺麗な色をした瞳を向けた。
「僕の名前はレグルス・アストレア! 王国では、僕の至高の剣技を称して、《剣聖》――そう呼ばれているよ」
――《剣聖》
それは誰もが認める『最強』の存在であり、剣術の中での、『極み』の存在である。
剣を志そうとする者ならば、誰しも一度は夢を見る。《剣聖》という『最強』を。
……剣聖、ね――。
レグルス学院長からは、どこか王者の風格というものを感じる。
剣聖と告げた瞬間にガラリと変わったこの空気感は、呼吸することすら困難とさせた。
何色にも染まる白。しかしその中には銀色の輝きが秘められていて、一人の自分という存在を忘れていない。
レグルス学院長の髪色からは、そんな印象を感じた。
「う〜ん、良い反応で嬉しいけれど、せっかくの入学式がずっとそれだと、つまらないよね。 ――ということで、早速『首席』と『次席』による技の披露をお願いしようか!」
少し白けてしまったこの空気を変えるために、レグルス学院長は次の行事に移ろうとする。
こっちにとってはいい迷惑なのだが、ここはやるしかないのだろう。
「まず、今回次席となった生徒は、ヘスティア・アンタレスだ‼︎」
僅かな歓声が上がると共に、一人の少女が席を立ち上がった。
「はい!」
凛々しい返事をした少女は、そのままステージまで歩いていく。
身を包む制服は女子生徒用のもので、コウとは違い、ズボンではなくスカートだった。首元には真紅のリボンを付けていて、とても似合っている。
……ん?あの人は、あのときの……。
その少女をよく見ると、次席の少女はあの試験の時に話しかけてきた赤髪の少女だった。
ストレートヘアーの真紅の髪を揺らしながら、次席の少女――ヘスティアはステージに上り、レグルス学院長の横に立つ。そして、軽く一礼した。
「うん。それでは、次は首席の発表です!」
ヘスティアが横に来たのを確認したレグルス学院長は、首席の発表に移ろうとする。一瞬だが、レグルス学院長とコウの視線が合った。
「今回首席となったのは、コウ!」
さっきとは違って誰からも拍手をされない中、コウは席を立ち上がる。
……何で、こんなに反応が違うかな……。
疑問に思うところもあるが、ひとまず目先のことに集中することにした。今は反応が薄くても、コウの技で
コン、コン――という音を静寂の中で響かせ、コウはヘスティアの横まで歩いた。そして、コウが位置につくのと同時に、レグルス学院長はまた話し出す。
「それでは、今から二人には、技の披露を行ってもらいます。好きな技を選んで下さい それではまず、ヘスティアから‼︎」
好きな技でいいと言ったレグルス学院長は、早速ヘスティアに振った。
「はい」と、感情をあまり読み取れない声で返事をしたヘスティアは、少し前まで歩き、コウたちから距離を取ったところで構えの体勢をとる。
両足の感覚を広げ、左手を鞘に添え――。右手では剣の柄を握り、視線は真っ直ぐに向ける。
そして、スゥ――と息を吸い込んだ後、技名を告げると共に、満を持して抜刀をした。
「〝
ヘスティアは紅蓮の剣気を纏わせた剣を抜き、刹那の間に一閃する。
宙に軌跡が描かれると共に、紅い閃光が
――全てを焼き尽くす、業火の剣戟。
それは
……まだ、改善すべきところはあるけど……。
一見、完璧な技に見えた。だが、まだ足りない。ヘスティアのその技はまだ未完成だった。
もっと、もっと熱い炎を纏わせることが出来る。もっと、熱を集中させることが出来る。
技の熟練度はもちろん、その技に込める思いが足りていなかった。
「それでは次、コウによる技の披露です!」
レグルス学院長の合図に頷いたコウは、ヘスティアと場所を入れ替わる。一瞬、二人がすれ違う時に、ヘスティアはコウを一瞥してきた。
…………。
試験の時にコウは、彼女から宣戦布告をされたのだ。対抗心を燃やされるのは構わないが、あまり露骨な態度を見せられては堪らない。
会場にいる全員の視線を感じながら、コウは剣を構え出した。
……そうだな。折角だから、あの技にするか。同じ『
鞘から剣を抜き出したコウは、中段の構えを取った。目に見えない敵を浮かべ、剣先をその敵に向ける。
コウは右足を前に踏み込むと同時に剣を振りかぶり、技名を唱えた。
「――〝
技名を唱えた瞬間、炎の剣気がコウの剣に纏い付く。
正に、神々しく輝く日の光を具現化させたようなコウの剣は、一瞬にしてこの会場の空気を支配した。
会場中の誰もがその輝きに目を奪われる。
その事実を感じ取ったコウは不敵な笑みを浮かべて、左足を引きつけると同時に素早く剣を振り下ろした。
ブォン――という炎が燃え盛る音を響かせる。
コウが剣を振り終わると同時に、剣が纏っていた剣気が辺りへと広がり、会場全体に行き渡った。
陽の光のような暖かさが、
――コウの技が終わってから暫くすると、自然と会場中で拍手の音が鳴り響いていた。
コウはそれを嬉しく感じながらも剣を鞘に納める。
だが、この時のコウは知る由も無かった。
誰もがコウに拍手を送る中、一人だけ、悔しそうにコウを見つめる存在がいたことを――。
『首席』と『次席』の間には、大きな壁が立ち塞がっていた――。
――しかし、コウはまだ、それを知らない。
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