第一章19 『合格通知』

 


 アストレア剣術学院からの合格通知は、2日目の試験の一週間後、つまり三月十一日にコウの元へ送られる。


 コウはあらかじめ、通知を送ってもらう場所を宿に設定していて、合格通知の封筒が来たときには、宿屋のおばちゃんに呼ばれることになっていた。

 ちなみに、中は見ないで欲しいとお願いしてある。


 結末を知るのは、やはり一番目がいい。もしその場に家族がいたとしても、コウは間違いなく一人で見る選択を取るだろう。

 《時の狭間》という目も眩むような時間を過ごしたのは、他でも無くコウ自身なのだから。


 まず最初に結果を知るのは自分なのだと、コウはそう確信していた――。


 *


 ……なのに――。 ――何だこのニヤニヤした顔は……⁉︎


 コウは確信していた。それなのに、宿屋のおばちゃんに呼ばれて来たコウの目には、ニヤニヤしたおばちゃんの顔が映っている。


 コウが今いる場所は宿屋のフロント。カウンター越しにおばちゃんが立っていた。

 そして、やはりその顔に浮かべるのは笑み。不自然極まりない。


 ……おかしい。中は見ないで欲しいと言ったのに、何でそんな顔をするんだ?


 コウは、封筒の中を先に見られてしまったのではないかと心配する。


「あの、何でそんな笑顔なんですか……? 中は見てないですよね?」


 コウが恐る恐る質問すると、おばちゃんは笑いながら言い返してきた。


「まさか、見てないよ。でもきっと、少年は剣術学院に合格してると思うの。 ほらこれ、見てみて」


 おばちゃんは否定した後、急かすように合格通知の紙が入った封筒を見せてくる。

 コウは驚きながらも、その封筒を凝視した。


 茶色の封筒は特殊な材質でできていて、片手サイズ。

 そして、『コウ殿へ』と書かれたその封筒は、かなり分厚くなっていた。恐らく、封筒の中には色んな書類が入っているのだろう。


「分厚いですね。しかし、理由にはなっていないような……」


「何言ってるの少年。不合格を伝える封筒がこんなに分厚い訳ないじゃない」


 ……た、確かに。


 言われてみれば、不合格の通知ならばもっと封筒は薄くなる筈だ。

 不合格なら、「貴方は残念ながら落ちました。今後の健闘を祈ります……」みたいな文書だけで済むのだから。


 コウには無かった発想に納得していると、おばちゃんは更に言葉を続けた。


「私、この仕事柄、色んな人と出会う訳だけど、剣術学院に受かったという人は見たこと無かったのよ。 だから、貴方が一番目ね。貴重な体験をありがとね。……といっても感謝される覚えはないのかもしれないけど」


「…………」


 おばちゃんは、嬉しそうにはにかんでいた。きっと、この仕事が本当に好きなのだろう。

 ただ宿を管理するだけでない。人と関わり、衣食住を提供して支える仕事。


 おばちゃんは、一つの自分というものを見つけていた――。


「――っ」


 コウは軽く息を吐き、微かに笑みを浮かべた。そして、おばちゃんの目を正面から見据える。

 おばちゃんの茶色い瞳。微笑んでいるのも相まって、とても穏やかに見えた。


 おばちゃんの目を正面から見据えたコウは、今度は深呼吸をする。

 スゥーと息を吸い込み、ハァーと吐き出す。そして、おばちゃんに精一杯伝わるように声を上げた。


「ありがとうございました。封筒は部屋で開けようと思います!」


 コウは言葉を発するのと同時に、おばちゃんから封筒を受け取る。

 そして、その場で一礼をしてから、


「失礼します!」


 宿泊部屋まで小走りしていった。

 プレゼントを目の前にした子供のように、胸を高く弾ませながら。


 *


「――――」


 おばちゃんは、静かにコウを見つめている。しかし茶色に輝くその瞳は、どこか遠い未来まで見つめているようで――、


「辛いこともいっぱいあると思うけど、頑張ってね……」


 呟きにも似た声を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る