第一章16 『『決着』と『少女』』


「ク――ッ! 〝縮地しゅくち〟……‼︎」


 すると、痺れを切らしたのか、試験官はより高度な技を繰り出すようになる。


 ――『縮地』。

 実際に目視出来ない程速く動くことは出来ないが、「目に映っているのに何故か動けない速さ」を再現する歩法。


 その独特な歩法を突然使ってくる試験官に、コウは驚きをあらわにするが――、

 

 ……これなら、知ってる。


 『縮地』という名前は付けていないが、コウも同じような動作をする事が出来る――というよりは、出来るようにしたのだ。あの《時の狭間》で……。


 ……俺も今度から、その技能を『縮地』と名乗付けさせてもらおうかな!


 コウは心の中でそんな軽口を叩きながらも、ついに剣を振るうことを決める。

 コウは、試験官が俺の剣の間合いに入るよりも、少し早いタイミングで剣を動かした。


 本来ならば、コウの剣が縮地をしてくる試験官に当たることはない。だが、今回は違った。


「〝心月しんげつ刀身とうしん〟――ッ‼︎」


 剣先を隠していた為、試験官が気づくことは無かったが、コウの剣は少し伸びていた。

 これは、本当に剣が伸びたのではなく、コウの剣気による現象だ。


 剣の刀身を覆うようにして、白に輝く剣気が纏付まといつき、剣の横幅を少し広くしている。

 また、それに伴って剣の長さも変わり、剣と同等――もしくはそれ以上の質量感も剣気は再現していた。


 僅か数センチの変化だが、剣先を見ることが出来なかった試験官にとって、それは十分に驚くべき現象だったのだ。


「剣が伸びてるだと⁉︎」とでも言いたそうな表情を浮かべながら、試験官はコウの剣に対抗しようと剣を振り下ろしてくる。


 その試験官の剣は、緑色の剣気を纏っていて、少なくとも手抜きをしているようには見えない。

 いや、もしかしたら、本気で太刀打ちしようとしているのかもしれない。


 ……だとしたら、俺も嬉しい限りだな。


 それはまさに、コウの思惑通りと言える結果である。



 右斜め下から振り上げられるコウの剣と、左斜め上から振り下ろされる試験官の剣は、互いに強い力を込めた状態で衝突した。


 ギン――ッ、という音がコート中に響き渡る。


 すると一気に、コウの両腕へ力が加わってくた。コウは試験官の剣から確かな重量感を感じながらも、それをさばくようにして振り払う。


 ――互いの技がぶつかり合った結果、コウの技が勝ったのだ。


 試験官は、さっき衝突したときの反動で剣を手から離してしまっている。

 無論、コウはそれを見逃さない。俺は空中で浮遊するその剣を打ち落とし、素早く体を動かした。



 *



「――は」


 試験官の口からは、そんな間抜けな声が零れて出ていた。

 それもその筈、試験官の視界には、さっきまで居たはずのコウの姿は無かった。しかもそれだけでなく、剣を手放しているという二段構え。


 試験官の頭は混乱し、軽い錯乱状態に陥る。ほんの一瞬だけ、試験官だという立場さえも忘れかけていた。


「――ぁ」


 たが、それも長くは続かず、すぐに自身の役目を思い出す試験官。しかし、もう手遅れだった。


 試験官の首のすぐ目の前には剣が位置していて、まるで何かを噛み締めているかのような声で告げられる。


「――俺の、勝ちですね」


「――――」


「試験、終了!」


 試験官を務めていて、こんな負け方をしたのは始めてだった試験官は、ただ負けを噛み締めていた。


 それはきっと、試験を受けた少年――コウとは真逆の味だったのだろう。


「また、あの少年と戦いたい」と、試験官は儚く願ったのだった――。



 *



「……良かった、勝てて」


 コウはそう呟きながら、コートから少し離れたベンチに座る。


 正直、剣がぶつかり合ったときには、何とか押し切ったものの、コウにも反動はきていて、それを取り繕って動くのが精一杯だった。


 ……緊張もしたけど、それなりに楽しかったかもな……。


「自分を信じる」と口にするのは簡単だが、実際にそれをやり遂げるのは容易ではない。


 ……緊張だってするし、少しは不安を感じる。それでも、頑張り続ければきっと――、


「ねぇ、あんた……! ちょっといい?」


「あ、はい。いいですけど……」


 コウが色々と考えていると、突然横から声が掛かってきた。

 この辺りにはコウしかいないと分かっていたので、俺は返事をしながらベンチを立ち上がり、発言元を見つめる。



 ――そこには、赤髪の少女がいた。


 身長はコウの方が上だろうか、その少女の背は俺よりも五センチほど低い。

 髪は真紅のような色で、目はルビーのように輝いて見える。

 髪型はストレートヘアーで、顔の造形やパーツも整っていた。


 その少女は、まさしく美少女といえる容姿なのだが、


 ……どうしたのだろうか?


「あの、どうしましたか?」


 取り敢えずコウは、どんな要件なのかを聞くことにした。


「――あなた、強いわね」


 …………⁇ 話が少し噛み合っていないのはさて置いて、俺は今、初対面の美少女から急に褒められた?


「ぇ、えっとぉー。それはつまり、どういう――」


「――確かにあなたは凄いわ。きっと、この学院に合格するでしょうね。 だけど、私はあなたに負けない。どんなことがあろうと、私はあなたを追い越してみせる。 ――だから、覚悟してなさい。 じゃあ、私はもう行くわ」


 言うことだけ言った赤髪の少女は、きびすを返してどこかへ行ってしまった。


 ……最早もはやこれ、話が噛み合ってないどころじゃなかったな。むしろ、意図的にやっていたと思える。


 突然の負けない宣言に、流石のコウも対応に困る。こんなときの練習など、《時の狭間》ではやってこなかった。



 ……まぁ、いいか。


 あの人も強そうだったため、きっと学院生活のどこかで会うこともあるだろう。

 その時に、彼女の真意を聞き出せば良い。


 コウは欠伸を噛み殺しながら学院の入り口まで歩き始めた。


 ……確か、今日の分の試験が終わった人は、もう帰っても良い筈だ。

 ……宿に戻って、少し復習して、もう寝よう。


 赤髪の少女のことは一旦忘れ、今日と明日の過ごし方について考えながら、コウは学院の入り口――校門を通り過ぎた。


 ……そうだ、屋台で焼き鳥でも買おう。



 色んな意味で疲れたコウは、1日目の試験日をこうして終えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る