第一章9  『勝負』


「……始め‼︎」


 ――始めの合図は、レイト先生が行った。


 合図と同時に、コウたちは足を踏み出し、互いに距離を詰める。

 互いに剣の間合いに入った瞬間、コウとレイト先生は木剣を振った。


 鈍くて甲高い音を道場に鳴り響かせながら、互いの木剣がぶつかり合い、競り合う。

 だが、それも長くは続かず、コウもレイト先生も後ろに跳び、一旦距離を取る。


「「はぁぁぁ!!」」


 互いに声を上げながら、コウたちは剣を振るう。


 しかし、今度はさっきと少し違った。


 コウの木剣は、さっきよりも速さと威力が増していて、レイト先生の木剣に押し勝つ。

 僅かに体勢が乱れ、隙を見せているレイト先生に向かって、コウは更なる攻撃を繰り出した。


 上から振り下ろすのでなく、レイト先生の木剣と逆方向になるように、水平に右から左へと木剣を振るう。

 手首をきかせ、少し体勢を低くしながら、コウは木剣を振った。


 しかし、レイト先生は苦悶の表情を浮かべながらも、それを防いでみせる、


 ……なら!!


「ハァ――ッ‼︎」


 コウはその場で高速一回転することで、木剣に更なる力を加えながら振り下ろした。

 コウは、レイト先生なら防いでくると考えた上で、レイト先生の頭を狙う。


「――っ‼︎」


 レイト先生は咄嗟の間に両手で剣を持ち、俺の攻撃を受け流すようにして木剣に角度をつけた。


 ……流石に駄目か!


 その後も、何度か技を仕掛けるが、レイト先生に受け流されてしまう。


 しかし、それでもコウは未だに息切れという息切れはしていないが、レイト先生は息が荒くなっている。

 このまま続ければ、否応いやおう無しにコウが勝つだろう。コウが木剣を振る速度はどんどん速くなり、着々とレイト先生を追い込んでいる。


 ……だけど、そんな終わり方じゃ締まらない‼︎


 コウは、自身が一から極めた剣術の一つを、繰り出すことにした。


 ……焦らずに、最適なタイミングを見計らって技を繰り出せ!


 コウは、体に捻りを加えながら木剣を真上から振り下ろす。レイト先生の視線は、上から迫りくる木剣へと向かった。

 そして、鈍くて高い音が鳴り響くと同時に、コウの攻撃によってレイト先生の木剣と手に衝撃が加わる。


 その強い反動で、レイト先生はほんの一瞬だけ強く目をつむった。


 ……今だ!!


 コウは素早く後方に飛び跳ね、見えない鞘に剣を収めるようにして、低姿勢をとる。

 そして、抜刀するかの如く、俺はレイト先生に高速接近しながら木剣を一閃した。


「〝刹那一閃せつないっせん〟……‼︎」


 薄くて繊細な剣気を、振り払う俺の木剣に纏わせる。

 ほぼ透明で、水のような剣気を纏った木剣は、鮮やかに奇跡を描いた。


 レイト先生の木剣は、二つに切り分けられ、切られた部分はそのまま落ちていき、辺りに乾いた音を響かせる――。


「ハハ……まさか、木剣を斬るとはね」


 レイト先生は、木剣が斬られたことを事実として受け止め、乾いた声を溢した。


「コウくんは、実力を隠して……いや、違うな。 ――どうして強くなれたんだ?」


「――――」


 返事はすぐに出てこなかった。

 その答えは口元まで出かけているのに出てこない。

 ハッと息を飲んだコウは、ただレイト先生の翠色の瞳を見つめるだけだった。


「……そうか、答えはまだ出ていなかったのか。 なら、せめて最後に、先生として言葉を残させてくれ。君に」


 レイト先生は一度目を閉じ、目を開けるのと同時に言葉を告げた。

 その、レイト先生の翠色の瞳は、確かな力強い光を宿しているようだ。


「――迷うな、少年。君にはまだ、無限の可能性があって、何だって出来る。 だから、道の選択に迷う必要なんてない。常に自分というものを持ち続け、前に進んでいけるのなら、それで良いんだ」


 何故かレイト先生の言葉は、不思議なくらいにコウの胸にストンと落ちる。


「ごめんね。もうすっかり暗くなってしまった。 送るよ」


「……いえ、良いんです。まだ、晩ご飯には早い時間なので。俺の家は、晩ご飯を食べる時間が少し遅いんですよ」


 さっきとはうって変わり、申し訳なさそうな顔で言ってきたレイト先生に、コウは心配いらないという旨を伝えた。


「ありがとう。じゃあ、行こうか――」


「はい――!」


 コウたちは道場を木剣を片付け、道場から出る。そして、ガチャっという音と共に道場の鍵を閉めるのだった。

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