第43話 王は憂い決断する

 ラルダスの親友であるアーキウスが退出した後、さほど時を置かずに緊張した様子の騎士が正式な礼に則ってラルダスの案内として訪れた。

 ラルダスとしては、今のような状況で迎えが信用できるアーキウスでないことに多少の不安がない訳ではなかったが、目上の者に対する礼を以て案内してくれているのは、ラルダスもその名を知る王の親族の高名な騎士であり、騙し討ちに使うような人物ではない。

 覚悟を決めたラルダスは、動揺を表に出さずに礼儀正しく従った。


 案内されたのは、広間と続きではないほうの謁見の間だ。

 広間と続きの謁見の間は、城の役職持ちの誰かが常に詰めている。

 なにか大きな公布などがあれば、すぐに各地に伝令を出すための仕様でもあったが、ことがことだけに今回の話には不向きという判断だろう。

 もう一つある謁見の間は、秘匿性の高い場所であり、限られた者しか出入りできない。

 これも悪いように考えれば、なかで何が起こっても外にはもれない場所で謀殺される可能性がある。

 そんなふうに考えて、ラルダスは自嘲した。


(我ながら、自国の王を疑うような考えはどうかと思うな。やはり近衛騎士などには俺は向いていなかった、という証だろう)


 そしてラルダスは、素直に玉座の前に礼儀通りひざまずく。

 すぐに数人の入室の気配があり、床を見るラルダスの目に、玉座とその周囲の影が動いたのが映った。


「おもてを上げよ。早馬の使者に格式張った挨拶は必要ない」


 重々しいその声は、まだ若者である第一王子ではあり得ない。

 ラルダスはこれまで間近で声を聞いたことはなかったが、場所を考えれば、それは国王に間違いないだろう。


「はっ、では失礼ながら対面にて言上を述べさせていただきます」


 ラルダスは早馬の使者の礼儀というよりも、神殿騎士としての礼儀に従い、自国の王に相対した。

 精霊神殿と国は対等の関係なのだ。

 居丈高になっても、へりくだってもならない。

 ラルダスは起立して堂々と口を開いた。


「時がないので、まずは要点から述べさせていただきます。此度の事態の一番の問題は、精霊神殿に押しかけて来た王国兵らしき集団を率いる者が、王命を口にした、ということです」


 ラルダスの言葉に、王は眉をぴくりと動かす。

 王命とは、王のみが発することができる命令である。

 もし王自身が知らない命令があるとしたら、誰かが王命をかたった、ということだ。

 それは国家に対する反逆、謀反と言ってもいい。


 王はさすがの貫禄というか、怒りを表にあらわすことはなかったが、周囲の者はそうはいかない。

 王の左手に控える第一王子カーライルは、怒りの表情をあらわにし、みるみる顔が朱に染まった。

 王と王子からだいぶ後ろに控えていたラルダスの友である近衛騎士のアーキウスは、逆に顔から血の気が引いて、青白くなっている。

 そしてもう一人、この場には近衛騎士が控えていた。

 この人物はほぼ気配を消していて、ラルダスも意識しないとそこに人がいることに気づかないほどだ。

 おそらくは王直属の護衛騎士だろう。

 ラルダスは敵対するために訪れた訳ではなかったので、その人物にあえて意識を向けて探ったりはしていなかった。

 そのため、その人物の反応だけはわからない。


「詳しく述べよ」


 さすがは現王というべきか、王の返答は落ち着いている。

 だが、王はすぐに軽く片手を手を広げ、ラルダスの返答を留めた。


「いや、待て。早馬が来たということは、急がねばならぬ事態だということ。バイル卿、そなたはまず、城内に通達を出し、全ての門に信頼できる騎士を配置せよ。そして今より私が命を解くまで、今後城内に侵入する全ての者の武装を解き、ひとところに集めて誰とも接触させるな」

「はっ、つきましては西の修練場の使用と封鎖のご許可を」

「この件について卿の判断の全てを可とする」


 今の今まで気配を消していた騎士が、即座に王に必要な許可を求める。

 それに対して、王はその信頼を表すように、配下の行動の全てを王命によって保証した。

 

(あれがバイル卿か……)


 王の腹心として高名な騎士を、こんなときだがラルダスは少しの感動を持って見た。

 この騎士にはさまざまな伝説があるが、その半分が事実だとしても、超人的な身体能力の持ち主であることは間違いない。


 そして、もう一つのことにも思い至った。

 ここで腹心のバイル卿を外に出すということは、王がラルダスを信じたということを表しているのだ、と。


「早速の対処をありがとうございます」


 ラルダスは深く頭を垂れる。


「なんでもかんでも力づくで解決しようとする者の好きにさせる訳にもいかぬからな」

「はっ!」


 当座の懸念は無事に解決しそうであることにラルダスはホッとした。

 そう思った途端に、ラルダスの不安はアイメリアへと向く。

 今回の問題が無事に解決したとしても、何もかもが元通りとはいかないだろうことは、ラルダスにだってわかる。


(おそらくアイメリアはもうあの家に戻ることはない……)


 それはごくごく当然のことだ。

 しかし、それはラルダスにとってあまりにも耐え難いことでもある。


(それでも、……君が幸せならば、俺は……アイメリア……)


 グッと腹に力を込めて、愛する者が幸せに暮らせる場所を護るために、自らの心を抑えるラルダスだった。

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