第42話 銀騎士ラルダス国の腐敗を憂う

 早馬で知らせを届ける者は、例外として道を馬で疾走する権利が認められている。

 早馬の使者とは、それだけ特別なものだ。

 騎士団長から早馬の使者として命を受けたラルダスは、はやる気持ちを抑えつつ、馬を精一杯急がせた。


 とはいえ、実のところラルダスの胸中を占めるのは、国の危機を憂う気持ちよりも、愛した相手の無事を願う想いだ。


「アイメリア、私が不甲斐ないばかりに、君を苦しめてしまった」


 初めて共に生きたいと思った女性……。

 ラルダスは、アイメリアに去られてから、いかに自分にとって、彼女が大切な存在になっていたかを噛みしめていた。

 アイメリアが辛いときに、そばで護ることができない情けなさを思うと、今も足から力が失われそうになる。


「いや、泣き言など言っていては、ますます合わせる顔がないというものだ。やるべきことを今はやろう」


 ラルダスは、自分に喝を入れて城へと急いだ。

 騎士団長の思惑通り、身軽に動ける早馬のラルダスは、後方の王国軍と神殿騎士団をかなりの間隔で引き離している。

 それでも、急な王子殿下へのお目通りは無理だろう。

 だが、親衛隊の友人ぐらいには、事情を説明する暇はありそうだった。


「何用か! 止まれっ!」


 早馬の作法にのっとって、城の正門ではなく、西門へと駆け込んだラルダスを、門衛が誰何すいかする。


「精霊神殿からの早馬である! 急ぎの知らせだ!」


 早馬の使者への足止めは大罪だ。

 門衛は、慌てて引き下がった。

 門をくぐったと言えども城は広い。

 城内に入っても、外門からすぐはまだ外郭であり、いわゆる城下町だ。

 城下町と外の町との違いは、城下町には貴族か貴族の関係者しか住んでいない、というところだろう。

 ラルダスは、馬車用の広い石畳の道から、使用人たちが使う裏道へと入り込み、内郭門へと一直線に向かった。

 内郭門は選りすぐりの騎士によって護られ、必ず伝令役が待機している。

 ここからが本当の意味での王城と言っていい。


「誰かあるか? 精霊神殿よりの早馬である! 使者名はラルダス・ホーリー・ルクディシア! カーライル殿下にお取次ぎ願いたい、直接無理であるようであれば、近衛のアーキウス・デル・イデゥム殿を頼む」


 使者の証として騎士団旗を掲げながら告げた。

 本来、早馬の使者は王に直接知らせを伝える役目であり、第一王子とは言え、未だ王太子とされてはいないカーライル王子に話をするのは普通のやり方ではない。

 ただし、現在は戦時ではないので、早馬の使者とは言え、そこまでの緊急性を感じる者はいないだろう。

 なによりも、伝令自身が直接王の元へと赴くよりも、王子のほうが気が楽ではあるはずだ。


 長く平和であったからこそ、城では決まりごとに対する意識がだいぶゆるくなっていて、ラルダスは以前からそのことを感じていた。

 今回はそこに付け込んだ形である。


 案の定、騎士に呼ばれてやって来た伝令役は、特にとがめることもなくラルダスに告げた。


「いくら早馬の使者とは言え、殿下に直接という訳にもいくまい。アーキウス殿を呼んでまいる。指定の場所にて待つがいい」


(本来なら、王子殿下どころか陛下に直接口上を述べるべきところなのに……もし、これが他国からの侵攻の知らせだったらどうするつもりだったんだ?)


 わかっていたこととはいえ、ラルダスは王城で働く者たちの気の緩みっぷりに苦いものを感じる。

 そして、ラルダスは、見た目を華やかにするばかりで実力を磨こうともしない城の騎士たちにがっかりして、民を直接守る役割を受け持った神殿騎士を志した昔の自分を思い出していた。


 さすがに早馬の使者というのが効いたのか、ほどなくして、使者用の待機場所に親友のアーキウスが姿を現す。


「おいラルダス、神殿から早馬の使者としてお前が来たと聞いて仰天したぞ。しかもカーライル殿下を指名したと言うではないか、何事だ!」

「早馬の使者を騙った訳ではない。本来なら陛下に直接言上しなきゃならんような緊急事態だが、今のここでは無理だろうから旧知のお前や殿下の名前を出させてもらった」


 ラルダスの真剣な様子に、さすがにただ事ではないと気づいたのだろう。

 アーキウスは姿勢を正し、公務の顔になった。


「伺おう」

「では、精霊神殿守護の神殿騎士団の使者として、銀騎士ラルダス・ホーリー・ルクディシアが告げる」


 ラルダスもまた、姿勢を正し、はっきりと口上を述べる。


「本日、国軍が精霊神殿に向けて進軍を行った。我が騎士団と相対すると、王命だと告げた」


 ラルダスの言葉を聞いたアーキウスは顔色を失う。

 王命を告げて行ったということは、全ては王が行ったというのと同じことだ。

 臣下から告げられてしまった以上、もはや訂正することはできない。

 それだけ王命とは重いものなのだ。


「本当、か?」

「嘘偽りなく」

「わかった。殿下と……さすがこれはそこで止める訳にはいかないから、陛下にお知らせする。すまないがもう少し待ってほしい」

「待つのはいい。だが今この瞬間も、王国軍は神殿騎士団代表を伴って城に向かっている。神殿騎士団は今回の一件で国に不審を懐かざるを得ない。このまま城に入れば王国軍の失態をなかったこととするための、謀殺があるかもしれない、とな。だから、そのようなことが行われない保証がほしい」

「ぐっ、確かに。一部の貴族のやらかしだとすると、もみ消しを謀る可能性がある……か。わかった。そっちも手配しよう」

「恩に着る」


 ラルダスは親友に頭を下げた。

 自分でもだいぶ無理を言っていることはわかっていたのだ。

 ただ、それなりの家の出とは言っても、六男坊であるラルダスとは違い、公爵家の次男という立場のアーキウスには力がある。

 大切なものを守るためには、たとえ親友であろうと利用しなければならない、とラルダスは心に定めていた。

 

 今、精霊神殿にはアイメリアがいる。

 どれだけ自分の名が泥にまみれようとも、アイメリアに危険が及ばないようにしなければならない。

 ラルダスは、そう決意していたのだ。

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