第28話 服を選ぶ

「アイメリア、どうした?」


 心配そうなラルダスの声に、アイメリアはハッと我に返った。

 そして、すぐに笑顔を浮かべて首を横に振る。


「大丈夫です。人の多さに目を回したみたいで」

「そうか、すまない。いきなりこんな人混みに連れ出したのはよくなかったな」


 アイメリアの様子に、ラルダスはすまなさそうに謝った。


「いえ、そんなこと。初めて見るものばかりで、とても楽しいんです。連れて来ていただいてありがとうございます」


 礼の言葉を口にしてぺこりと頭を下げるアイメリアに、ラルダスはそういうものか、とうなずく。


「店主、見ての通り、連れの具合がよくないから、失礼するぞ」


 楽しげに百貨店のオーナーをののしる女店主へ、ラルダスがそう断りを入れると、すぐにアイメリアがそれを止める。


「あっ、あのっ」

「どうした?」

「私、このお店で買い物をしたいのですけど、よろしいでしょうか?」

「えっ? いや、お前がいいならかまわないが……」


 アイメリアは、自分がザイス家に養ってもらったことで、結果的にこの女性やその家族から奪う側に加担していたのだと気づいたのだ。

 気づいた以上は、何もしない訳にはいかない。

 少しでも買い物でお返しすることが、アイメリアなりに今出来る精一杯の謝意であった。


「おっ? うちの服気に入った? いいでしょ! うちの服!」


 女店主はすかさず近くに置いてあった、見本と思しき一着を引っ掴み、アイメリアに押し当てる。

 それは、最近流行り出している、ほっそりとしたシルエットのワンピースだった。

 これまでの、ブラウスとスカートとエプロンというように、上下を組み合わせるタイプの服と違い、神殿の者達が着用するローブのような、上から下までを一枚で仕立てた形の普段着だ。

 しかも、厚みのあるローブと違い、薄い生地で仕上げてあり、体型がはっきりと可視化される、という特徴もあった。


 年長の者からは、破廉恥だと不評だが、今や若い女性の普段着として定着しつつあるのだ。

 着るのが簡単で、布地も少ないので値段も安い。

 何よりも、両脇を重ねて紐を結ぶことで、ある程度サイズの調整が出来るため、わざわざ仕立てなくても、出来合いのものをすぐに買って着れる、という利点が大きい。

 まだまだ収入の少ない独身女性には、見た目、便利さ、手軽さの全ての面で好評であった。


 そして、この店の服は、自慢するだけあって仕立てもデザインも秀逸だ、とアイメリアは思う。

 染色技術が高く、縫い目も美しい。

 これならすぐに色褪せることも、ほつれてダメになってしまうこともないだろう。

 着る人のことを考えて作られている服である。


「本当に素敵ですね。でもこの色はちょっと派手すぎるので、こちらの青系の色合いのものを見せていただけますか?」

「えー、その金色の目に淡い紅色は似合うと思ったんだけどね。まぁ服は着る人が選ぶもんだから。……じゃあ、これは?」


 アイメリアのリクエストに応えて店主が取り出したのは、夏に咲く花を思わせる青の生地に、ところどころにこの地方独特のキルト由来のパッチワーク技術を活かした柄が入った、可愛らしいものだった。

 派手過ぎず、地味すぎない。

 一見、ただの押しの強い商売人に見える店主だが、客の注文に最適の形で答えを出せる職人気質もあるようだ。


「素敵です。これ、いただきますね。おいくらでしょうか?」

「ちょっと、待った!」


 そのまま自分で支払いまでしてしまいそうなアイメリアを押し留めたのはラルダスである。


「まさか自分で払う気ではあるまいな?」

「もちろんです。いただいたお給金で、初めて自分のものを買うのですから、とてもワクワクしているのですよ」

「うっ、いや、だが、今日は、だな。いつも頑張っているお礼に、俺がお前に贈り物をしたいと」

「ラルダスさまからいただいたお給金で、欲しいもの買うのですから、贈り物と同じではないのでしょうか?」

「いやいやいや、それは違うぞ。給金は仕事に対する正当な対価であって、贈り物は俺の感謝の気持ちだ」

「同じでは?」


 周囲からは、いちゃついているとしか見えない言い合いを始めた二人に、女店主は呆れたように言った。


「じゃあ、こうすればいいでしょ。その服は彼女が自分で買う。旦那は、彼女のために、自分で選んだ服を別に買う。ほーら、丸く収まるじゃない!」

「えっ、そんな……」

「ふ、商売が上手いな」


 店主の提案に、戸惑うアイメリアと、苦笑しながらもその提案に乗るラルダス。

 結局、この日アイメリアは、自分で選んだ一着と、ラルダスの選んだ一着、二着の普段着を手に入れたのである。


 そして次の日、丁寧な詫び状を残して、アイメリアはラルダスの家から姿を消したのであった。

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