第26話 百貨店

 辻馬車が停まったのは、大通り沿いの大きな建物の前だった。

 大勢の人が行き来している場所で、アイメリアは思わず立ちすくんでしまう。

 そんなアイメリアと、ラルダスが手をつなぐ。


「人が多いから、はぐれるなよ?」

「あ、ありがとうございます」

「万が一はぐれたら、この入口前にある広場のベンチ付近で待っていろ」


 ラルダスの言葉に周囲を見ると、大きな建物の前は広場になっていて、そこに噴水とベンチがしつらえられている。


「ここって、どなたかのお屋敷なのですか?」

「ハハッ、いや、違う。大型商業施設、というやつだな」

「大型商業施設……ですか」


 いまいちピンと来ないアイメリアは、問うようにラルダスを見上げた。

 ラルダスは「あ、ああ……」と、少し照れたような顔になったが、説明を続ける。


「ここはザイス百貨店、と言ってな」

「……ザイス」


 思いもかけず、養い親の名前を聞き、アイメリアは驚いた。

 思わず周りを見回してしまうが、元家族の姿はどこにもないようである。

 そんなアイメリアの様子に気付くことなく、ラルダスはわかりやすくこの店舗のことを紹介した。


「大きな建物に、いくつもの店舗を詰め込んだ……そうだな、言うなれば、屋内市場みたいな場所だな。ただし、市場のような手軽な商品は少なめで、さっきも言ったように、庶民には少し贅沢な品物を多く扱っているんだ」

「そんなお店がこんなに人気なのですか?」


 アイメリアは不思議そうだ。


「ああ。そうだな、この店のオーナーであるザイス氏は、卓越した商才を持つと言われているが、その一番の理由が、客層の選択にある」

「客層……ですか」

「これまで、贅沢品と言えば、貴族のためのもの、とされていた。貴族は個人の使う金額が庶民とは桁違いだからな、お高いものはそれこそ貴族にしか買うことが出来ない」

「はい」

「だが、貴族の数は少ない。特に、高級品を常に購入出来るような貴族は、実はほんの一握りだ」

「そうなんですね!」


 アイメリアは驚いた。

 貴族は全て裕福だと思っていたし、数が少ない、ということに思い至ることもなかったのだ。

 だが、考えてみれば、ラルダスも貴族だが、生活環境はある程度裕福な庶民に近い。

 それこそ、アイメリアが育ったザイスの屋敷と比べたら、どちらが貴族かわからないぐらいだ。


「逆に、庶民のなかには小金持ちがそこそこいる。貴族には、庶民と言えば貧民だと思っている奴らがいるが、そんなことはない。なかには平均的な貴族よりも金を持っていて、貴族に金を用立てている連中もいるぐらいだ」

「ふわぁ……驚きました」

「意外と、その辺を理解している人間は少ないからな。そんな誰もが無視していた購買層に着眼したのが、ザイス氏という訳だ。そして、この総合店舗形式は小金持ちの庶民のステータスとなった」

「ステータス、ですか?」

「見てみろ、買い物を終えて出て来た客の持っている荷物を」


 言われて、アイメリアは大きな建物から出て来る人々を見た。

 彼らは一様に、羽を広げた女神像が描かれた箱や袋を持っている。

 その女神像は、アイメリアが暮らしていた屋敷に飾られていたので、とても見覚えのあるものだった。


「女神さま、ですね」

「そうだ。あれはザイス氏が商人紋章として登録したものでな、ザイス氏の関連店舗でしか使えないんだ。プレゼントをあの紋章入りの包みで梱包するのが、裕福な家庭の証みたいな感じになっているのさ」

「ええっと?」


 アイメリアはまだよく理解出来なかったようで、不思議そうに首をかしげる。

 ラルダスはその様子に好意的に笑った。


「まぁ見栄の張り合いみたいなもんだな。俺たちには縁のない世界の話ではある」

「はい」


 見栄の張り合いと言えば、ザイスの屋敷では、客に見せる場所と見せない場所の落差が大きかった。

 そういうことなのだろうとアイメリアはなんとなく理解する。

 養父は、商人には見栄が大事なのだと口癖のように言っていたので、このお店を使うのは、養父のような立場の人たちなのだろうと思ったのだ。

 アイメリアにはよくわからない感覚ではあったが、それを大事にしている人がいるということは理解出来る。

 養父の店が人気だということは、そういう考えの人がそれなりに多いということなのだろう。


「あの……それでなぜこのお店に?」

「あー、その、俺も、お前に対して、見栄を張りたい、ということだ」

「それを本人に言ってしまわれるんですね」


 クスクスとアイメリアは笑った。

 養父は、決して客に飾っていない場所は見せなかったものだ。

 しかしプレゼントを買う前に自分の気持ちをバラしてしまうラルダスは、養父とは全く違う感覚の持ち主のようだった。

 ラルダスはきっと見栄を張るのが下手な人なのだろう、アイメリアはそう思ったのである。

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