第21話 精霊神殿と騎士団とスカーフ
「隊長、ひさびさにすっきりした顔をしてますね」
強制的に一日休むことになり、本人も意外なことに充実した休日を過ごした翌日、通常勤務に復帰したラルダスは、執務室に入った途端、副官からそう声を掛けられた。
副官の名はカドニー。
ラルダスは大隊長という肩書を持っているので、本来なら二人の副官をつけるべきなのだが、いろいろあって、平民出で叩き上げのこの男一人だけだ。
「そうか?」
「隊長は忙しくなると顔が怖いって評判ですからね。そういう顔をしていてくれると、部下達も安心して仕事が出来るってもんですよ」
「……それは迷惑を掛けたな。今度からはっきり言ってくれ」
「いや、言ってどうにかなるもんじゃないでしょ。俺は隊長の奥方じゃないですし」
自己管理は自分でしっかりとやれということだろう。
ラルダスは妙に気を使われるよりは、こういう風に少しぞんざいに扱ってくれる部下のほうが気が楽だった。
「それで、変わりはないか?」
「通常業務のほうは特に問題はないですね。訓練で力入れすぎて骨を折った奴もいません。ただ、例の人探しのほうは……」
「情報が少なすぎるからな」
普通人探しとなれば、探し人のある程度の詳しい情報が共有されるものだ。
しかし、今回の人探しは、内容の重要度の割に情報が少なすぎた。
髪と目の色は金色、年齢は十五、性別は女性。
それだけだ。
そう言えば、とラルダスは思う。
アイメリアの目もきれいな金色だった。
年齢も探している相手に近いが、残念ながら髪が茶色である。
「目と髪の色と年齢と性別……か。まぁ確かに珍しい色ですが、いなくはない、ですからね。当てはまる人間を全員連行する訳にはいかんでしょ」
副官がため息を
ラルダスも全くの同意だ。
「先々代の騎士団長の時代に、神殿と騎士団の間に不信感が芽生えて、それを引きずっているようだからな」
迷惑な話だ、とラルダスは思う。
その昔、駆け落ちした祭司の女性がいて、その逃げた恋人達の手引きをした神殿騎士がいた、という理由らしい。
「そもそも誘拐同然に連れて来て祭司にしちまうのが悪いんじゃないんですかねぇ」
「今のは聞かなかったことにしてやる」
副官のうかつな発言をぴしゃりと封じる。
とは言え、ラルダスにも思うところがない訳ではない。
その駆け落ち事件以来、神殿の祭司に対する囲い込みはますます強化され、もはや監禁していると批判されても仕方のない状況となっている。
信者にすらまともに祭司の姿を見せない、というのは異常すぎるだろう。
しかも献金額の多い者にだけ、祭司への拝謁を許すという、なかなか生臭いこともやっていた。
今や、神殿と騎士団の間に大きな不信感という溝が生じつつあったのだ。
これでは、神殿騎士団としての役目が全う出来ない、と騎士団幹部が嘆くのも無理もない話だった。
とは言え、ラルダスはそういった神殿批判を一切受け付けないし、自身も行わない。
仕える相手のために誠心誠意剣を振るうのが騎士だ、という思いがあるからだ。
進言はいい。
しかし批判はしてはならない。
それがラルダスの騎士としてのスタンスだった。
「あれですよ。思うに神殿のお偉いさんは、俺達が御子を奪っちまうんじゃねえかって、思っているんでしょうね」
「……とりあえず特徴の当てはまる者の身元を確かめて、確認が出来ない者を探すしかないだろう」
「まぁ、それしかないでしょうね」
ひどく面倒ではあるが、担当エリアを決めて一人一人当たっていけば不可能ではない。
ただとんでもなく時間と人手がかかるだけ、だ。
そして情報を精査する立場であるラルダスは、ひたすら忙しいだけ、の話である。
「アイメリア、大丈夫だろうか」
雇っておきながら、ほぼ一人で放置しているも同然の少女を再び思い、ラルダスは軽く頭を振った。
早く帰りたいなら、さっさとこの不毛な仕事を終わらせるしかない。
そう心に決めて、ひたすら仕事に打ち込むラルダスであった。
◇◇◇
ラルダスの留守を預かるアイメリアは、その頃、ラルダスによって破壊された柵を作り直し、畑も整えて一息ついていた。
「アイメリア、髪、色戻りかけてる」
「元の色、好き」
「ええっ!」
ささやき声達に指摘され、慌ててアイメリアはこの家に不似合いな大きな姿見へと向かう。
この家には、一人で装備をチェック出来るように、全身が映る姿見が備え付けられているのだ。
身支度を全て従者任せに出来る貴族ではないがゆえの配慮と言うべきなのだろう。
とは言え、そんな大きな鏡でも、自分の頭のてっぺんを見るのは難しい。
「ど、どうしよう、みっともないかな?」
養い親の屋敷にいたときには、目立ちすぎるという理由から、アイメリアは髪を常に茶色に染めていた
かなり高級な染め粉のはずなのだが、どういう訳か、それに関しては養父も物惜しみするすることなく、必要なだけ与えてくれていたのだ。
しかし、今は手元にその染め粉はない。
染めた色と髪の根本の色が違っているとひどく目立つものだ。
買い物などで外出するときに恥ずかしい、と年頃のアイメリアは思った。
それに、使用人の恥は主の恥でもある。
「全部戻るまで、きれいな布を巻こうよ」
「羽のようにひらひらさせよ?」
「そうね。そうしようか? せっかくたくさんお給金と、別に支度金までいただいたことだし」
そう、ラルダスは、上司でもある騎士団長の女性補佐官に注意されたことで、アイメリアに自由に使える金銭をある程度渡しておくことにしたのだ。
仕事のために使う分は預けてあるが、それを自分のために使うアイメリアではないことも、すでに理解していた。
先渡しの給金と、騎士宅の使用人として身支度を整えるための支度金をだいぶ多めに渡されてしまい、逆にアイメリアは戸惑ってしまったが、それがここで活きて来る。
女性には未婚既婚を問わず、頭に被り物をする人も多い。
実用的な帽子のほかに、ボンネットと呼ばれる飾り帽などもある。
そして平民の若い女性の間では、リボンやスカーフをおしゃれに巻くことが流行っていたのだ。
騎士家の使用人として恥ずかしくない身だしなみの一環として、上品に見えるスカーフを色変わりしはじめた髪を隠すために購入する決意をしたアイメリアだった。
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