第5話 待機部屋で一人

「従者殿はこちらでお待ちください」


 城内に入ると、すぐにアイメリアはラルダスと引き離され、別の場所へと案内された。

 思わずラルダスに視線を向けたアイメリアは、無言でうなずきを返されてしまい、覚悟を決める。

 ドキドキと激しい鼓動にめまいさえ感じながらも、アイメリアは表面的には案内してくれた相手に笑顔を向ける余裕さえ見せた。

 我ながらなかなか度胸がある、とアイメリアは感心する。


 通された部屋は、飾り気のない小さな部屋だった。

 五人程度が座れる椅子とテーブルが設置してあり、部屋の隅には書棚とお茶道具がある。

 単純に時間を潰すための部屋、という感じだ。

 そこに一人で置いておかれた。


「置いてある本は、作法についてや歴史書、あと紋章辞典? どれも今年書かれたものね。従者に必要な最新の知識が手に入るってことかな? ……あ、普通の読み物もあるわ」


 基本的に手書きで作られる本は高価なものだが、なかでも娯楽のためだけに書かれた読み物と呼ばれる架空の物語は贅沢品であり、大変高価だ。

 ただし、人気の読み物はそれなりの階級社会では知っているべき知識となり、読んだことがないと仲間外れにされてしまうこともあるらしい。

 アイメリア自身は未経験のことだが、姉であるメリリアーヌがよくそう言って父に本をねだっていたのを聞いていた。


「こっちには、さりげなく最新式の魔法道具が置いてある。客人とは言っても、ただの従者を待たせておく部屋に、こんな高価なものを設置してあるなんて、さすがはお城ね」


 魔法道具は、庶民には決して手の届かない高価なものである。

 この世には、奇跡の技と呼ばれるものが二種類あり、その一つが精霊術、もう一つが魔法だ。

 精霊術はその名の通り、精霊と交感することで使えるとされる御業で、神官などの一部の才能ある者のみが使えるらしい。

 アイメリアの家族は、精霊などいないと言って精霊術をインチキ呼ばわりしていたが、一般的には、精霊の御業が使える神殿の偉い人は人々に尊敬される存在だ。


 一方の魔法は、純粋な技術として知られている。

 ただし、恐ろしく複雑な理論を理解する必要があり、難しい勉強をしてようやく使えるものらしい。

 そのため、魔法を自在に使える者はやはりごく一部だが、技術である魔法は、道具で再現することが出来る。

 さすがにあまりにも複雑な術式は、再現するにもとてつもない準備を必要とするのだが、簡単な術式なら、誰もが使える道具とすることが可能なのだ。

 そうやって、術式を再現する道具として販売されているのが、魔法道具である。

 使われている材料も希少なものが多いが、なによりも魔法式を提供した魔法使いに膨大な技術料が支払われるため、とんでもない高価な道具となってしまうのだ。


「これは、お水を熱いお湯の状態にしておくためのポットで、こっちはものを劣化させない封印箱。お父さまは見栄っ張りだから、我が家のサロンにも魔法道具が一式揃えられていたな。……懐かしい」


 アイメリアの家では、サロンにある魔法道具が盗まれないように、見張り専用の者を雇っていた。

 客を一人で待たせておく個室に、さりげなく置いてあるのは、アイメリアにとって驚きでしかない。

 この部屋に入れるのは、身分ある人に仕える者なのだから、盗みなどしないという信頼と、……もしかすると威圧、なのかもしれない。

 盗むなら盗んでもいいが、それなりの覚悟をしろ、という。


 実際にはまだ正式な従者ですらないアイメリアは、どこか恐ろしげにその魔法道具を見てその場を離れた。

 とてもそれらを使ってお茶を入れて飲もうという気持ちにはならない。


 書棚の本を手に取る気にもなれずに、上質な椅子に腰を下ろす。

 何もしないで待つというのは落ち着かないが、一人でいることには慣れていた。

 アイメリアは、分厚い扉の向こうの足音に耳を澄ませながら、じっと待つことにしたのである。


 しばらくして、アイメリアの待つ部屋に近づいて来る足音が聞こえて来た。

 ラルダスが戻って来たと思って椅子から立ち上がったアイメリアだが、軽いノックと共に開かれたドアの向こうに知らない顔を見て戸惑うことになる。


「おお、お前があいつの従者か!」


 ラルダスとは全く違う、華やかな印象の男性がそこには立っていたのだ。

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