第3話 アイメリアに出来ること

 今にも「余計なことを言うな!」と、殴りつけられると思ったアイメリアは、ギュッと目をつむって体を固くして身構える。

 しかし、覚悟した衝撃は訪れず、薄目を開けたアイメリアは、救い主の男性がどこか戸惑っている風なのを見て取った。


「あ、あの……」

「ラルダスだ」

「ふえ?」

「俺の名だ」

「あ、はい! ラルダスさま!」


 どうやら名を呼んでもらいたいのだと察したアイメリアは、救い主の男性、ラルダスの名を呼んで再び頭を下げる。


「やめろ。俺はお前の主でもなんでもないぞ。下女を打擲ちょうちゃくする主人に対するような振る舞いはよせ!」

「あ、ご、ごめんなさい」


 知らず知らずのうちに、アイメリアのなかには暴力に対する慣れがあり、その態度がラルダスにとって苛立たしかったのだ、とアイメリアは気づいた。

 さすがに恥ずかしく思い、アイメリアは赤くなる。


「謝る必要もない」

「はい」


 せっかく助けてもらったのに、申し訳ない思いでアイメリアはしょんぼりとうつむいた。


「おい」

「あ、はい?」


 すると、ラルダスがアイメリアに呼びかける声が聞こえ、アイメリアは再び顔を上げる。


「袖、直せるのか?」

「あ、はい!」


 聞かれて、アイメリアははっきりと答えた。

 その答えに、ラルダスはしばし考えると、何やら苦悩しつつも頭を下げる。


「なら、簡単な手直しでもいい、頼めるか? 今から直しを頼んでいては、用事に間に合わない」

「わかりました。おまかせください!」


 アルメリアは物心ついた頃から、ずっと召使い同然に下働きをして来たのだ。

 高価な衣服の急な直しなども、しょっちゅうさせられていた。

 そういった雑事には、アイメリアは自信がある。

 普段はオドオドとしたところのあるアイメリアだが、このときばかりは自信に満ちていた。


 そんなアイメリアの様子に、少し気圧けおされたような表情をしたラルダスだが、無言でうなずく。

 未だ意識を取り戻さないならずもの達が転がる路地裏で、アイメリアは前掛けのポケットに常に備えている修繕道具を開いた。

 使い勝手を考えて自作した、コンパクトな道具入れのようなものだ。


「あの、そちらのほうにお座りいただけますか?」


 立ったままでも出来なくはないが、それではラルダスが疲れてしまうだろうと考えたアイメリアは、道の端に転がっていた木箱を指し示した。

 しかし、ラルダスは首を振ってみせる。


「いや、座っていてはいざというときに対処が遅れる。済まないがこのままやって欲しい」

「そういうことなら……承知いたしました。失礼いたしますね」


 アイメリアは勢いよくうなずくと、テキパキと作業を始めた。

 繊細に織られたシャツの生地の縫い目を繕うには、同じ色の糸が必要だが、さすがにこの急場に、完全に同じ色の糸は揃わない。

 そのため、もともとの糸を表側に、継ぎ足しの糸を裏側になるように、丁寧に縫い込んで行く。

 一部生地が破れた部分もあったので、生地同士を重ねて繕い部分が目立たないようにする。

 そこにカフスを飾れば、修繕部分は完全にわからなくなった。


 修繕の様子を見ていたラルダスは、その顔に驚愕を浮かべる。


「たいしたものだ。こんな状況でそこまで直せるものなのか? もはや新品と変わらないではないか」

「大げさですよ。よく見るとわかってしまうので、あまり袖口が見える動きはしないようにしてくださいね。それと、用事が終わったら、正式な直しに出しておいたほうがいいです」

「……ふむ」


 ラルダスは、凶悪な顔をそれでもやや柔和にしてうなずいた。


「そう言えば、お前、仕事を探している、とか?」

「あ、はい。……それが、紹介状がなくて、断られてしまいました。そこをこの人達が……」


 転がっている男達を見つつ、アイメリアはため息をつく。

 おのれの今後を考えて、暗澹あんたんたる気持ちになったのだ。


 ラルダスは何やら難しい顔をしつつ自らの顎を撫でた。


「もし、……よければ家に来るか?」

「え?」


 ラルダスの突然の申し出に、アイメリアはポカンとしてしまったらしい。

 その顔を見たラルダスは、急に焦ったようにバタバタと手を振ってみせる。


「い、いや、そいつらのようにやましい気持ちなどないぞ! 俺はこれでも神殿騎士なのだ! 神殿騎士は清廉であることを求められるからな!」


 あまりにも焦って弁明するので、逆に怪しい言い訳となってしまったが、その様子に、アイメリアは思わず笑ってしまった。


「ありがとうございます。お優しいのですね、騎士さま」


 アイメリアの言葉に、ラルダスはただでさえ怖い顔を複雑に歪めてしまい、なんとも言えないおかしな表情となる。


(この方、もしかすると、とても可愛らしい人なのかもしれない)


 アイメリアはそう思って、もう一度、ラルダスににっこりと微笑みかけたのだった。

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