お前など家族ではない!と叩き出されましたが、家族になってくれという奇特な騎士に拾われました

蒼衣 翼

第1話 家なし娘になりました

「お前など家族でもなんでもない! 今まで親に捨てられたお前をかわいそうに思って養ってやったが、十五にもなれば誰もが独り立ちするものだ。今日を限りに我が家から出て行くがいい!」


 廊下に響き渡る養父の声に、アイメリアはびくりと肩を震わせた。

 

「そんな、お父さま!」


 そう声を上げた途端、アイメリアと同じぐらいの年頃の少女に激しくぶたれる。


「あんたはもう我が家とは関係ないんだから、お父さまとも私とも他人よ! 気安くお父さまを呼ばないで頂戴」


 それはアイメリアの姉だった。

 姉の口元には残酷な笑みが浮かび、アイメリアの悲しみを心から楽しんでいることが見て取れる。

 姉の言う通り、アイメリアはこの家の本当の娘ではない。

 この姉も、義理の姉で血の繋がりはないのだ。

 養父母の言葉によると、親に見捨てられた赤子だったアイメリアを、慈悲深い自分達が、かわいそうに思って引き取って育ててやった、とのことである。


 アイメリアは、今年十五になる少女だ。

 養父の言う通り、十五という年齢になれば、人は一般的に一人前とみなされる。

 だがそれは、十五になれば学校を卒業したり、幼い頃から師について学んだ者が匠の技を修めるからであり、そのどちらとも縁がなかったアイメリアにとって、青天の霹靂へきれきのような話であった。


 アイメリアは、物心ついたころから一家の召使いのような立場で、一切屋敷から外に出ることを許されず過ごして来たのだ。

 国でも指折りの富豪であるこの家の主やその奥方からは、一応他人に聞かれたら娘であると答えるように教わってはいたものの、実質は家族としての温かさは与えられていない。


 それでも、これまで家族に認めてもらえるようにアイメリアは必死でがんばって来た。

 だが、それも、虚しい努力だったようだ。

 部屋に呼ぶこともせず、廊下で日課の掃除をしているときにいきなり出て行くように言われてしまうとは、日々冷遇を受けているアイメリアですら、想像もしていなかった結末だった。


 ほぼ着の身着のまま、部屋にあったわずかな私物の一つも持ち出せず、アイメリアは、初めて家の外に出て、長く住みながらも一度も見たことのない街を、一人さすらうこととなってしまったのだ。

 現在着ているのは、富豪の家の召使いに相応しい、そこそこ見栄えのいい作業着と、ポケットに入っているちょっとした修繕用の道具のみ。


「私、これからどうすればいいのかしら?」


 独り言を口にするアイメリアだが、それは決して意味のないことではなかった。

 まるで水泡が弾けるような小さな音ではあるものの、アイメリアの耳元で返事があったのだ。


「すむとこ・ごはん・しごと・さがす」

「そう、だね。落ち込んでいてもどうにもならないし、考えなくっちゃ」


 声の主が目に見えることはない。

 ただその存在を感じることは出来た。

 幼い頃にこの不思議な存在の話をしたところ、家族からは嘘つきよばわりされた上に手ひどく打たれたため、アイメリアはそれ以降は他人にこの不思議な声のことは話していない。


 だが、不遇な暮らしのなかで、常にそばにいてくれる不思議な声の存在に、アイメリアはどれほど慰められただろう。

 幼い頃を共に過ごした乳母がいなくなってからは、唯一の心の拠り所となっていた。


 おかげで独り言を言う不気味な娘との評判が立ってしまったが、それはもう仕方のないことだろう。

 どうせ冷遇されているのだ。

 悪い評判が一つ増えたところで、アイメリアの生活が変わるはずもない。


 とは言え、家族には拒絶されていたアイメリアだが、使用人達とはそこそこ交流があった。

 今アイメリアが得ている知識の大半は、館の使用人達からのものだ。

 主人の気分一つでクビになってしまうこともある使用人達は、仕事についての情報に敏感だった。

 そんな彼らによると、仕事を得るためには、信頼のおける人物からの紹介状か、給与の一部を納めることによって仕事を斡旋してくれる仲介所の仲立ちが必要とのことである。


「あの・ひと・いい・ひと♪」


 アイメリアは、小さなささやき声の導きに従って、親切そうな出店の主に声をかけた。


「あの……」

「ん? どれも今朝収穫したもんだ。新鮮だよ」


 アイメリアを買い出しに来た使用人と思ったのか、並んだ野菜を指し示して店主は答える。


「いえ、申し訳ないのですが、お野菜を買いに来た訳ではないのです。少し教えて欲しいことがありまして」

「どういうことだ?」


 言葉はぶっきらぼうだが、邪険に追い払われることはなく、アイメリアはホッとして質問する。


「あの、お仕事を紹介してくださる場所がどこにあるか、ご存知ではないでしょうか?」

「なんだ、仕事にあぶれたのか? 俺はこの街の住人じゃねえから詳しくは知らんが、市場に出店許可を出す街の顔役が市場通りの奥に店を出してるから、そこで聞いてみるといいんじゃねえか?」

「ありがとうございます!」


 アイメリアは親切な野菜売りの店主に礼を言うと、教えてもらった場所を訪れた。

 だが、その顔役という人物は、アイメリアに身元を保証するものが何もないということを知ると、首を横に振って仕事の紹介が難しいことを告げる。


「普通は元の雇い主からの紹介状があるもんだ。それがない奴は、元の仕事場で何かしでかしたってことになる。誰も雇っちゃくれないよ」

「そんな……」


 がっかりと肩を落として歩くアイメリア。

 そんな失意のアイメリアの後を追う影があった。


「あくい・ついてきてる」


 これから先どうしたらいいかわからず、もの思いに沈んでいたアイメリアは、ささやき声の忠告に、ハッと振り向く。

 すると、いかにもガラの悪い男が三人程、道を塞ぐように立っていた。


「あの……」


 アイメリアが気づいたと見ると、さっ、と一人が前方に回り、行手をもふさぐ。


「なぁ、たまたま聞いていたんだが、アンタ仕事がないんだってな?」

「……はい」


 アイメリアは、ささやき声の忠告もあり、用心しつつ答えた。

 ささやき声は、人の感情に敏感だ。

 声が悪意ある人物と思ったのなら、この男達は危険な相手ということになる。


「なら俺達が仕事を紹介出来るかもしれねーぜ? なぁ」

「ああ。なんてったって俺ら顔が広いからな」

「……仕事」


 今のアイメリアには喉から手が出るほど嬉しい申し出だが、ささやき声の忠告があったため、すぐにその言葉に飛びつくことは出来なかった。


「おいおい、怪しんでるのか? 人の親切心を疑うのかよ?」


 ニタニタ笑いながら男の一人が言い、ほかの一人が「ひでえな、傷ついたぜ」と合いの手を入れる。


「まぁそういう訳だから、ちょっとあっちの店でさ、じっくり話をしようぜ? お嬢ちゃん」


 後ろにいた一人が、体を密着させるように近づいてそう声をかけて来たので、アイメリアは思わず飛び上がった。

 

「ケケッ、びっくりしてやんの」


 その様子を三人の男達はゲラゲラと笑う。

 自分の身に迫る危険を察知したアイメリアは、その瞬間、相手の脇を抜けて、必死の思いで走り出した。

 今いる場所がどこかすらわからない状態だったが、とにかく逃げなければならないと思ったのだ。


「おい待て! 逃がすな!」

「ケッ、女の足で逃げ切れるかよ!」


 アイメリアは、幼いころから大人でもキツイ仕事をさせられて育って来たので、体力にはそこそこ自信があった。

 だが、さすがに、不案内な街を三人の男相手に逃げ回るには限界がある。

 見知らぬどこかの店の裏らしき場所に、とうとう追い詰められてしまった。


「へっ、手間かけさせやがって」

「面倒をかけた分、じっくり楽しませてもらうからな」


 男の一人がガシッとアイメリアの手首を掴む。


「離して!」

「うるせえ!」


 アイメリアが抵抗すると、間髪入れずに殴りつけて来た。

 頬に熱い衝撃を感じたアイメリアは、そこに積んであった木箱を倒しつつ地面に転がる。


「安心しな、ちゃんと仕事も紹介してやるからよ」

「気持ちいいことして、金も貰えるっていう美味しい仕事だぜ? うらやましいぐらいだ」


 ゲラゲラと笑う男達を、アイメリアは唇を噛み締めて睨む。

 ささやき声の言った通り、そこにあるのは悪意だった。

 名ばかりの家族がアイメリアに向け続けた、さげすむような目と、男達が向ける目が、アイメリアの心のなかで重なる。


 自分の人生は、悪意まみれだ。

 アイメリアはそう感じて、そのことに対する怒りがふつふつと湧き上がる。

 ギリリと奥歯を噛み締めたアイメリアは、男達の油断をついて素早く立ち上がると、再び必死で走った。


「誰か! 助けて! 人さらいです! 誰か!」

「ちっ、黙れ!」


 まさかアイメリアにそんな力が残っていたとは思っていなかったのか、男達はワンテンポ遅れて慌ててアイメリアを追う。

 とは言え、不慣れな道を逃げ回るアイメリアに対して、男達はこの辺りを熟知しているようだった。

 追手に気を取られている間に一人に先回りされ、挟み撃ち状態となってしまう。


(こんな風に、何もかも他人の思い通りにされてしまうのが、私の人生なの?)


 アイメリアは悔しかった。

 悪意ある人間によって、何もかもを奪われてしまう自分という人間の弱さが。


「こえ・あげて・いま!」

「えっ?」


 ささやき声にうながされ、アイメリアは何も考えないまま声を張り上げた。


「誰かっ! 助けてぇ!」

「ああん? こんなところに助けが来るもんか」

「いい加減大人しくしろ! また殴られたいかっ!」


 男達の恫喝どうかつに、思わず顔の前を両腕で覆い、暴力に備える。

 だが、その瞬間だった。


「うら若い女性を男三人で囲んで暴行か? まさかお前達、この国に法などないとでも思っているのではあるまいな?」


 張りのある男性の声がその場に響いたのである。

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