第70話side勇者

 どん、と体に衝撃が走った。誰かとぶつかったのだ。妄想を膨らませていて、前を見てなかったのだ。転びそうになったが、なんとか踏みとどまる。


「うおっとぉ!」


 誰かが言った。


「クソ野郎! どけっ!」


 尻もちをついたのは赤い髪の女だった。

 その隣には青い髪の男がいて、そいつは上半身を大きく捻ると拳を繰り出した。弧を描くような軌道の拳は、カインの側頭部を打ち抜いた。


 耳が一瞬聞こえなくなる。

 カインは地面に倒れこんだ。その拍子に、もう片方の側頭部を地面に打ち付けた。頭の左右で異なるタイプの痛み。


「いやあ、痛いですねえ」


 赤い髪の女はへらへら笑って立ち上がった。


「こんばんは、大金さん――じゃなくって、元勇者のカインさん」

「クソッ! てめえら、魔王の部下か?」

「その通り」


 青い髪の男は答えると、カインの顔面に蹴りを叩きこんだ。地面を転がったところで、今度は赤い髪の女が電撃系の魔法を放った。


「ビリビリ~~」


 体が一瞬ビクンと跳ねて、うまく動かなくなった。麻痺状態だ。

 青い髪の男の懐から何かが蠢いて、カインへと迫った。その細長い物体は最初、蛇かと思ったが、きわめて丈夫そうな縄だった。魔法でまるで蛇のように動かしているのだ。悪趣味だ。縄があっという間にカインの体を縛り付ける。


「いっちょあがりですね」

「ああ」

「お仲間三人さんはどちらにいらっしゃるんですかねえ?」

「聞いてみればいいさ」


 二人は同じように微笑みながら、カインのすぐ前までやってきた。地面に座り込んだ状態のカインに配慮してか、二人ともしゃがんで目線を合わせてくる。


「お仲間さんはどこですかー? 教えてください」

「死ねよ。この――」


 カインが汚い言葉を吐く前に、青い髪の男のストレートが炸裂した。口内が切れ、血の味がする。


 魔王が二人のもとへとやってくる。三対一。敵うはずがない。いや、なんとかして聖剣をとり戻すことができればあるいは……。しかし、聖剣を取り戻す方法など思いつかないし、それに取り戻したところで今のボロボロの精神状態では……。


(あいつら三人を売れば、僕は助かるだろうか……?)


 パーティーの三人は仲間ではあるが、しょせんは他人。自分と比べたら、塵ほどの価値しかない。売ってなんとかなるのなら、喜んで売ろう。しかし、彼らの居場所を教えたところで、自分は助かるのか――。


「あ、そうだ。拷問でもやっちゃいますか?」

「ふむ、いいな。どうせ死ぬのなら、多少苦しみが増えたところで、どうということはないだろう」

「お前たち、路上で拷問するのはやめろ」


 魔王が部下二人を止めた。いや、拷問という行為それ自体は止めていない。彼女に髪を掴まれ、アリシア宅までずるずると引っ張られる。


「おい、ルーク」


 魔王がドアをがんがん叩くと、服を着たルークが現れた。


「あれ? なんだ、やめたのか」

「あのさ、シャロン。カインがドアを開ける前にとめてくれよ」

「いや、お前とアリシアの様子をチェックしていたら、ちょうど始めるところだったからな。やはり、『プロジェクトNTR』を遂行せねばならぬと思って……。それに、カインもジャストタイミングで来てくれたしな」

「いや、様子をチェックって――」

「そんなことより」


 魔王はカイン掴み上げると、ルークの前に出した。


「今からこいつを拷問するから、家にあげてくれ」

「え、ああ……」


 カインは部下二人に担ぎ上げられ、家の中に投げ込まれた。縄で拘束されているので、ろくに身動きが取れず、受け身をとれずに床に尻と背中を打ち付けた。


「ア、アリシア……」

「……」


 目が合うと、アリシアはふいっと目を逸らした。

 赤い髪の女と青い髪の男は悪魔のように舌なめずりしている。拷問を行うのが楽しみでしょうがない、といった顔だ。


「さあ、拷問を始めましょっか――」

「や、やめてくれっ! 話すから。あいつらなら今――」


 カインは仲間三人が泊まっている宿の名前と、部屋番号を吐いた。悪いとは思わなかった。仕方がない。カインが捕まってしまったのだから、一蓮托生というやつで三人にも捕まってもらおう――。


 魔王の部下二人は、カインの仲間三人を捕まえるべく去っていった。

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