第8話

「勇者はかなりのプレイボーイだが、本命の恋人に対しては奥手らしくてだな……」

「奥手?」俺は首を傾げた。「それってつまり……手を出してない、ということか?」

「ああ」


 シャロンは頷くと、懐から一枚の絵――いや、これは写真というやつか――を取り出して、俺に見せてくれた。

 そこに写っていたのは、とても綺麗な楚々とした女性。年齢は俺やカインと同じくらい……二〇歳前後。


「一番大切なものは丁寧に扱う」シャロンは写真を見て言う。「そして、大切じゃないものは、粗末に粗雑に扱う。――奴はそういう男なのだろう」

「この子を、俺は寝取ればいいんだな?」

 シャロンは頷いた。「彼女の名前はアリシア。勇者カインの幼馴染で、現在ツヴァインに住んでいる」


 アリシアは俺の元恋人であるシェリルより、(個人的には)かわいくて綺麗だと思う。写真だけじゃ、見た目だけじゃ、内面なんてわからないだろうけど、おしとやかで優しそうに見える。

 カインにはもったいないくらい良い女性だと思う。

 こんなに綺麗な人と付き合っているのに、好き勝手遊びまくり、あまつさえ俺の恋人までをも寝取るなんて……。

 ああ、腹立たしい!


「あ、そういえば……」

「なんだ?」

「カインの恋人を寝取ることで奴を弱体化させる、という作戦計画ということか?」

「その通り」

「恋人を寝取ることが、どうして弱体化に繋がるんだ?」


 確かに、恋人を寝取られるのはショッキングで、心に深い傷を負うことだろう。でも、だからといって、それでカインが弱体化するかというと、そんなことはないと思う。


「勇者を勇者たらしめているのは、『聖剣』の存在だ。聖剣は吾輩たち魔族に対する特効を持った武器で、これで一太刀浴びれば、吾輩もただじゃ済まん」


 シャロンは脚を組んだ。


「で、この聖剣なのだが、持ち主の精神性というか……心の持ちようというかなんというか……まあ、つまり、精神状態の善し悪しで、威力が効力が大きく変わるのだよ」

「なるほど」俺は頷いた。「つまり、勇者のメンタルを破壊すれば、その聖剣は大した脅威ではなくなる、と?」

「そういうこと」


 そう言うと、シャロンは立ち上がった。


「傷はもう癒えたか?」


 そう言われて、気づいた。

 毒を塗ったナイフをカインに奪われて、俺は肩を刺されたんだ。刺された肩を見ると、傷はほとんど癒えていた。


「治してくれたのか?」

「ああ。〈転移門:テレポートゲート〉の中にいたときに、回復魔法をかけておいたのだ。それと、解毒もしておいたぞ」

「ありがとう」


 俺は礼を言った。

 シャロンがいなければ、俺は今頃カインにいたぶられて死んでいたか、あるいは口から泡を吹いて死んでいたか……。いずれにせよ、死んでいたことだろう。


「どういたしまして、だ」


 シャロンは淡く微笑むと、〈転移門:テレポートゲート〉を発動させた。魔法陣の内から厳かな門が現れる。相当難易度が高いだろう魔法。


「では早速行こうじゃないか」

「どこに?」

「決まっている。勇者の恋人――アリシアのもとへ、だ」


 そして、俺とシャロンは門の中へと入った。

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