第三章 英鈴、一決を得ること
3-1話
「……駄目だ。やっぱり
何度目かになる
(か、肩凝ってきちゃった……
こういう時、薬売りの娘でよかったと思う。高価な薬でもなければ、実家から簡単に取り寄せられるからだ。
葛根湯は、文字通り湯で
「ふう……」
持ってきてある火鉢で湯を沸かし、葛根湯を一口飲んで、一息入れる。
今は真夜中過ぎ。宮女たちは既に退出しているので、今、部屋には英鈴一人だけ。
数日前に
といっても、まったく良案は浮かばない。
朱心には今のところ、この前作った
けれど苦い薬を甘い別のもので包むのではない方法で、服用しやすくするとなると──例えば薬を何かに混ぜるとか、そういう方法自体は考えられる。
だが草木の中には、加熱すると効能が変化したり、まったく効果がなくなってしまったりするものもある。そして潤心涙も、そういった
(それに何かと混ぜるなら、当然飲み合わせが悪くならないようにする必要があるし……そもそも、一番厄介なのは、これが潤心涙だってことよね)
先日朱心に説明した通り、潤心涙は健康な人間にとっては毒となる。
服用法の開発をする時は、特に効果の強烈な草木のいくつかを抜いた調合をすれば、自分を実験台に味見することはできそうだ。
けれど服用法を実際に完成させた暁には、できればこの強すぎる薬効自体もなんとかしたいと、英鈴は思っていた。
(陛下がこれを何に使うつもりなのかは知らないけれど……幼い子どもでも飲めるようにするというのなら、子どもが間違って多少口に含んでも、平気なものにしないと)
そこまでできてこその、『不苦の良薬』だろう。とはいえその高い理想に見合った手段を見つけられないから、こうして悩んでいるのだが。
(
このままじゃ、せっかくの夢も叶わずじまいになってしまう。
「はあ……」
広い部屋に、自分のため息の音だけが聞こえた。外は時たま
(……あら?)
葛根湯の入っていた器を机に置き、耳を澄ませる。
気のせいだろうか? 遠くから、悲鳴のような声が聞こえてきた気が──?
「……ッ、……!」
女性の甲高い叫び、そしてバタバタとした足音。
叫びは遠くからこちらに届くだけだけれど、足音はだんだん近づいてくる。
複数の足音は英鈴の部屋の前にまで
(……なんだろう。この感じ、
外にいるのは宮女たちだ、間違いない。
──過日の、後宮追放騒ぎを思い出す。英鈴を追い出すために、また
(こんなあからさまなことをして、一体なんのつもりなの……!)
立ち上がりざまに懐の
「誰!? なんの用ですか!?」
『……!』
扉の向こうに
「と、
現れたのは、やはり、幾人もの宮女たちだった。しかも、確か楊太儀に仕えている者だ。
暗い表情の彼女らは、ただ英鈴の顔を見る時だけ、何か助けを求めるような目つきになる。
(なんだっていうの……?)
状況は
「あの……こんな夜更けに、なんのご用でしょうか」
「お、恐れながら!」
がばっ、と勢いよく彼女らは土下座の姿勢をとる。
「このような夜半に昭儀様のお手を煩わせ、まことに申し訳ございません! ですがどうか……どうか私どもの主君、楊太儀様をお救いください」
「よ、楊太儀様を?」
やっぱり、事態を理解できない。
「……どういう、意味でしょう。太儀様が、私をお呼び出しなのですか?」
「いえ! ただ楊太儀様の御身に起きている事態を収められるのは、この後宮には董昭儀様をおいていらっしゃらないだろうと」
宮女たちは平伏したまま、懸命な様子で訴えてくる。
(──本当に?)
我ながら、疑い深いとは思う。でも先日あんな振る舞いをしてきた
「私にしかできないと言われても、なんのことか……」
「薬です!」
もはや半泣きの状態で、宮女は面を上げて主張した。
「今この後宮で、董昭儀様より薬にお詳しい方はいらっしゃいません! どうかそのお力で、
「小茶……?」
危機に陥っているのは、どうやら、楊太儀本人ではないらしい。
(仕えている宮女とか? でも、そんな名前の人はいたかしら?)
少し考えて、はっ、と思い当たる。
「もしかして!」
次に英鈴が問いかけた言葉に、宮女たちは、激しく
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