第393話 サイダー(前編)
文化祭二日目──午後五時五十分。
三年三組の教室。
二日間やりきったカフェはまだ片付いていない。
綺麗に作った工作物も、綺麗に洗い終わった食器も、見れば始まりの二日前のように見える。
残ったのは、さっきまでの熱と空気。
祭りの続きはグラウンドであるキャンプファイヤーで、皆そっちに行ったっぽい。
教室棟のどこからか声がするから、行かない人は残ってるのかも。
俺と、濡れたサイダーの缶みたいに。
開け放たれた窓から熱を冷ますやや
遠くから声が聞こえた、きっとグラウンドから。
飾りのくす玉はもう天井から下されていて、落ちていた一つを手に取る。
くす玉の写真撮ってる人もいた。
俺が作ったわけじゃないけれど、嬉しいって思った。
屋上の上にある空を見上げる。
夕方の濃い橙色が少し眩しい。
「……きちゃった」
廊下から足音が聞こえた。
ゆっくりめで、静かで、止まった。
振り向く。
「──お疲れ様」
好きな音がした。
高いようで高くない、落ち着いた大人っぽい声。
「お疲れ。パフォ、めっちゃかっこよかったぞ」
女子が、来ちゃった。
「んふ、私もそう思うわ」
文化祭の最後の日。
俺は今から、答えを聞く。
──一緒に住まない?
「いい最後だったな」
近づいてきた女子は座っている俺の前に立つ。
両手を上に向けて差し出すと、すぐに手を乗せてきた。
そのまま、やんわりと繋ぐ。
「リョウ君もいい最後だった?」
も。
「……うん」
部活なんて、運動部なんかの成績が残るやつ以外何にもなんないとかって言われるけれど、そんな事あるもんか。
「多分ずっと好きだ」
週一も集まる事なんてなかったとしても、活動内容が趣味みたいなもんでも、俺がそうだったらそれでいいんだ。
すると女子が笑いながら言った。
「多分じゃないわ」
うん、照れ臭くて付け足した。
少し俯いて話を続ける。
「……終わっちゃったな」
名残惜しさが声を小さくさせる。
明日もまたあればいいのにと叶わない願いも浮かべる。
橙色の教室に黒い影が伸びていた。
「……終わったなら、始めましょ」
何を、と顔を上げると女子が真っ直ぐ俺を見ていた。
繋いだ手に少しだけ力が込められた。
「お待たせ様」
何を、と思って、ああ、と思った。
俺も少しだけ手を強く握り返した。
女子が語る。
「……あなたに提案された時驚いたの。何を言ってるんだろうって、思ったわ」
俺も、何を言っちゃったんだろうって、思った。
「すぐに答えられなくてごめんね」
「……ううん。考えてくれたの、嬉しい」
「ふふっ。私も、嬉しかった。私は私だけの先を考えていたのに、あなたは私を一緒に考えてくれていたから」
違うよ。
俺だって俺だけだった。
俺が、一緒にいたかったんだ。
「ちゃんと、いっぱい、考えました」
「ふっ、敬語やめれ」
笑わないで、と軽く怒られた。
ごめん。
ふーっ、と息が吐かれる。
「……私も、その……きっと大変だし、あれだけれど」
女子はどう言ったらいいか、どう伝えたらいいか、話しながら探している。
途切れ途切れの、えっと、あの、と続いて、一つ一つの単語が色々出てきて。
だから俺は聞いた。
「はい? いいえ?」
一緒に住みたいか、住みたくないか。
それだけでいいんだ。
それだけが、今聞きたい言葉。
女子はまばたきを忘れて、答えてくれた。
「──はい」
瞬間、俺は立ち上がって女子を抱きしめていた。
俺よりずっと柔らかくて、小さな背中に手を回して、頬にさらさらの髪をおしつけた。
「…………よかったぁ」
ほんとは怖かった。
いいえ、って言われるんじゃないかって。
現実だけどリアルじゃないみたいな、そんなの、考えてたんだ。
女子も俺の背中に手を回してきた。
「ごめんね、不安だったよね」
うん。
「甘えたでごめんね」
いいよ。
そういうシウちゃんが、いい。
「まだずっと甘いかもだけれど、あなたとなら私、最強になれる」
……ふはっ。
俺も、強くなれる気がする。
っていうか、強くなる。
わしゃ、と女子が俺の頭を撫でてくれた。
俺も、さら、と頭を撫でる。
少しずれて、おでことおでこを合わせた。
「大学、絶対合格しようね」
「うん」
「それから色々……どうしたらいいか──」
俺は軽く、キスで女子の口を閉じた。
今はもうちょっとだけ、余韻に浸らせて。
それから俺達は小さく、呟いた。
「……シウちゃん、ありがと」
「ふふっ、こちらこそありがと、リョウ君」
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