第330話 ローズヒップティー(後編)

 チョウノさんは今日も小さい。


「んー、夜の色……濃い色かなぁ」


 図書館から借りてきた図鑑は大きい。


「うわー、肌綺麗! ほんとに何もしてないの!?」


 クラゲちゃんは今日も元気。


「してないです。夏の花とかで考えた方がいいとかありますか?」


 ミヤビ君はクラゲちゃんの顔面近距離を物ともせずに携帯電話で花の写真を見ている。


「ううん、それは後からでいいよ」


「困りません? 用意出来ないとか」


「うん、あるかもね。けれどまずはカジ君が気に入ったお花じゃないと意味ないもん」


「……そういうもんですか」


「ううん、そういうところも大事なだけだよ」


 人見知りだと言うチョウノさんだけれど、なかなかしっかりしているじゃない。

これも部活動での成果かしら。

私もだけれど色んな人達が集まる生物部と、好き勝手する先輩と同級生がいるからよりそう見えるのかもしれない。


「チーちゃん、テーマ教えたー?」


「テーマ?」


「あっ、わ、忘れてたっ」


 うっかりさんのチョウノさんもまた、らしさ。


 今回の企画のテーマはカトー君の一言がそれ──花は女に贈りたい。

言い換えれば、花は誰かに贈りたい。

私もこのテーマは気に入っている。


「それって彼女とかいる人の方が選びやすいですよね……楽っていうか」


「何で? 花は誰も選ばないのに」


 選ぶのはいつも人で、花はただ咲いている。


 クラゲちゃんはミヤビ君を見下ろしながら簡単に言った。

こういうとこ、素直に思ったままをクラゲちゃんは声にする。

たまにそれで失敗する事もあると聞くけれど、彼女のこういうところ、私は大好きだ。


「……クラゲちゃんってたまに頭良い事言うよね」


「ぬっ!? 褒められたっぽいからいーや! それでカジ君は想う人とかいるの? 何でもいーんだよー」


 そうそう、そういう事。


 花を贈りたい誰か──。


「──


 ……それも素敵な言い方ね。

よほど自信があるのか、そう震わせているのか。


 ミヤビ君は私をやや、睨んでいた。

一瞬、数秒は変に心地良かった。

彼は私を認めようとしているから。


 なんて、思ったのは間違いだった。


「ところでチョウノ先輩」


「はいはい?」


、気になりませんか?」


 人に指を差すのはいただけないわね。


 私はチョウノさんの背後に立っていて、ずっと髪の毛や頬をさわさわむにむに、触って愛でていた。

現在進行形でだ。


 この触り心地、癒されるわぁ。


「別に大丈夫だよ? 邪魔だったらちゃんと言うから」


 邪魔にならないぎりぎりのところで止めてるからこっちも大丈夫よ。


「あと、それって言い方はよくないよっ」


「じゃあ


 それで言い直したつもりかしら、このガキ。

と言ってやろうかとした時、クラゲちゃんがミヤビ君の後ろに回った。

私がチョウノさんの後ろに立っているのと同じようにだ。

気づいたミヤビ君が上を向こうとしたら、クラゲちゃんはミヤビ君の顔を手で挟んだ。

そのまま強引に顔を上に向かされて──。


「──こらっ! 先輩にそれとかこの人とか駄目でしょ!」


「痛っ、首、取れるっ」


 がっちり挟まれているのか、ミヤビ君は身動きが取れないようだ。

何より驚いたのが、いつも注意されているクラゲちゃんが人に注意している事だ。

慣れない光景にチョウノさんも驚いている。


「わかった!? わ、まつ毛長い!」


「わ、わかりました。すいませんっ」


 よし、とクラゲちゃんは手を離す。

ミヤビ君も解放sれて、はーっ、と一息ついている。

まさかこのような事態になるとは思わなかったのか、ばつが悪そうな顔をしていた。

少し嫌ぁな空気が流れるものの、もう話はついた。

引っ張るのはよしましょう。


「……ざまぁ」


 


「……むかつくなぁ、あんた」


 私とミヤビ君の間に火花が飛び散る。

私達には似合いの花だ。

するとクラゲちゃんが今度は私に寄ってきて、真正面から顔を挟んできた。

あらやだ、本当にちょっと力が強い。


「せーんーぱーいー?」


「むぅん、ごめんなさいー」


 はい、と手を叩いたのはチョウノさんで、クラゲちゃんの手も同時に離された。


「二人が似た者同士なのはわかりました」


 私とミヤビ君の顔が同時に歪む。


「似た者同士なんて冗談じゃ──」


「似た者同士なんて冗談じゃ──」


「──今は花選びです。わかりましたか?」


 ……怒らせると一番怖いのってチョウノさんなんだわ。


「それとクラキ先輩、私とクラゲちゃんに用があるって言って待ってましたよね? 聞きますよ」


 そう、私がここにいるのはそれが目的。

けれど今はタイミングも場も悪い。


 だって、悪巧みのお誘いなんだもの。


「……じゃあ、この花に決めます。この花がいいです」


 突如、ミヤビ君が花を決めた。

携帯電話の中に咲く花は夜の色に近い、紫の色だった。

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