第329話 ローズヒップティー(前編)

「──で?」


「主語も内容もない質問ね、クサカ君」


 生物部の部室の真ん中にある大きな作業テーブルの端の方で、俺は女子に、ひそ、と聞いた。


「……ミヤビちゃんに何すんの?」


「あ、ローズヒップティーですって」


 タチバナが皆の分の飲み物を用意してくれて、女子の方が近いので取ってもらう。


「はい」


「さんきゅ」


 強い赤ピンクの色が綺麗でひと口飲むと、ティーっていうから紅茶系の渋みがあるかと思いきや酸っぱい系だった。


「美味し。さっぱりするー」


「で?」


 テスト終わりの午後、生物部植物科のモデルの企画の準備、練習に集まった面々は各々作業をしている。


「せっかちさんね。計画はまだ練っているところよ」


「ぬ……んでも大体は決めてるんだろ?」


 しつこくし過ぎたか、女子の目が細くなってきた。

けれど気になるもんは気になるし、先回りしとかないとまたこいつは突っ走ってしまうと思ったのだ。

それよりももう、後回しは嫌だ。


「大丈夫よ。あなたを置いていったりしないわ。頼りにしてるもの」


 ね、と女子は微笑む。


 むかつく……この顔で許しちゃう自分に、むかつく。


「…………そろそろ邪魔してもいいですか?」


 そう言ったのはタチバナで、すぐ後ろに立っていた。

背が高いので振り向いて見上げる。


「邪魔も何もどうぞ、クサカ君譲りまーす。私はチョウノさんをでに行ってきまーす」


 ひら、と夏服のスカートをひるがえして女子は行ってしまった。

なんとなくその後ろ姿を見てしまうのは──。


「──夏服っていいっすよね」


「んっ!?」


 女子が座っていた椅子に座るタチバナに驚いた。

こういうのにはあまり興味がないかと思っていたけれど、こいつも男子高校生たる何たらだったようだ。


「お前、そういうの言わないのかと」


「そんな事ないっすよ。まぁ表情乏しいのが功を奏して言わなければバレない程度で」


 そんな事はあるまい。

最初に比べたら若干かもしれないけれど、その表情変化に気づく時も出てきた。


「で、あとはクサカ先輩だけなんですよね。花選び」


「マジか。ミヤビちゃんも?」


「ミヤビちゃん……ああ、カジはチョウノが担当してるので俺はノータッチです」


「へぇ、厳しいのな」


「チョウノだってもう一人で出来ます。頼まれない限り手を出したりしないつもりです」


 あんまり酷かったら我慢しませんけど、とタチバナは携帯電話を取り出した。


「お、初ケータイ」


「です。まだ慣れてないですけど」


 ゆっくりとした操作で、急かす事もないので喋りだけ続ける。


「コセガワの花って何になったん?」


です。ピンク色の……ラッパみたいな形のって言ったらわかります?」


 あー、何となく。

へー、かっこいい系、んでもピンク色か。


 あ、花は女の子に送りたいってやつがテーマというか、そういうので考えるっつってたな……つまりノムラにこの花? なんか真っ赤っかみたいな色とかってイメージしたのに、不思議なもんだなぁ。


「カトウの花はです。白の」


 アジサイはさすがに分かる、んでも驚く。

可憐というか何というか、ムギ後輩なら似合うかもだけれど……あんな生意気目付きのカトウに白ぉ?


「二人とも自分一人で考えて選びましたよ」


 なぬっ、いつの間に──。


「──誰かのためは自分にも返ってきます。だから似合わないなんて事はないです。それに少し手を加えてやんのが俺のやる事です」


「……すんません」


「責めてるわけじゃないっす。なんだかんだ先輩も色とか言ってたんで、そっから俺なりに探してみたんで……イメージ的に、この花とかどうですか?」


 タチバナの携帯電話の画面を覗き込む。


 空の色。


 女子が俺に合うと言っていた色の花が映っていた。


「──お、花決まった?」


 顔がつやつやしているコセガワが後ろから、にょ、と覗き込んできた。


「ふーん……先輩らしいんじゃないっすか」


 同じく顔がつやつやしているカトウも後ろから、にょ、と覗き込んできた。


「……俺らしいって、何だべな?」


 これと言ってないんだ、俺自身には。


 すると三人は俺の肩やら頭やら背中やらを軽く叩いてきた。


「満更でもなさそうですし、決まりでいいすか?」


「あ、はい。それで」


 そしてカトウはため息まじりにこう言った。


「あーやだやだ、自覚ねぇとこほんとやだ」


「おい、それ俺のジュースゥ──」


「──気づいてないだけでちゃんとあるよ。クサカだけの、らしい、ってやつ」


 続いてコセガワも言ったけれど、俺は、どゆ事? と首を傾げるのだった。

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