第310話 冷凍フルーツ(後編)
借り物競争は二、三年生がごちゃ混ぜで行うネタ種目で、もうすでにどういった内容かは毎回の事なので知っている出番である俺と他の奴らは若干どんよりとしている。
その対極にあるのは借り物メモを作った教師陣と観客席の奴ら、そして放送部の奴らだ。
各競技者に実況がついてくるのだ。
俺も出る方じゃなくて見る方がよかったっ、クジ運めっ。
「……はあああああ、ヤだなああああ」
ため息と拒否を続けているのは二年のカトウだ。
そしてもう一人。
「クサカ先輩と一緒ぉう!」
何でも楽しそうなアオノの顔見知りが二人もいる同じ組みになって、並んで出番待ち中だ。
「まぁ決まっちゃってっし、ぱーっと終わらせたらいいべよ」
それでも、はあああああ、とため息をつくカトウを真ん中に俺とアオノは顔を覗き込む。
「んじゃ、ここは協力戦といきますか」
提案する。
ここぞとばかりに難題を出してくる教師陣の企みはもう分かっている。
それぞれやりやすいお題を同じ組みの奴らで交換しまくろう、という作戦だ。
俺ら三人、そして同じ組みの他の三人も提案にノってきた。
「競争じゃなくなってますけど、アリですか?」
「去年のお題なんだっけか──二年の奴のお題は確か、先輩女子の持ち物を三つ借りて来いとか。カトウ一人で出来んなら別にノらなくてもいいけれど──」
「──無理っす怖いっす、協力戦ノっかりまくります」
よし、と俺達の企みの出番が来た。
どうなる事やら──。
※
──どうしてこうなった。
放送部の実況が煩い。
「おっとー? 全員お題を見て固まっていますがどうしたんでしょうかー?」
お題のメモを広げた俺達は首を傾げて止まっていた。
例年通りかと思いきや、見た事も聞いた事もないお題が書かれていたからだ。
カトウとアオノが言う。
「……三年物理って書いてあるんですけど」
「こっちは二年現代文って書いてありまっす」
「……うーん、とりあえず三年と二年、学年が合うように交換すっか」
都合よく二、三年の数は三人ずつ、メモと合う。
俺は、三年古典、と書かれたメモを交換してもらった。
教科書でも取りに行けというのか、と考えていると実況からヒントが来た。
「走者の皆さんは各担当教師のところへ走ってくださーい!」
言われるがままに教師陣がいるテントへと走る。
すると教師達はずらりと横並びに待っていた。
担当の古典の女の先生の前に立つと、それはすぐに起こった。
「──はい、お題のものです」
手にはプリントが一枚、字がびっしり書かれている。
「これが、お題のものっすか?」
「ええ。提出──じゃないや、全て問題を解いてから明後日返してね」
…………は!? はぁ!?
「はぁ!? 怖っ! マジで言ってんすか!? 怖っ!!」
カトウ、マイクで全部拾われてっぞ。
ってか、俺らの組みってそういうお題? え、マジ?
「ヤダヤダ先生借りたくないーっ!! 他のにしてーっ!!」
二年現代文のお題のアオノは、じゃあ英語にする? と聞かれて、そっちもヤダー
っ!! と喚きだした。
他の奴らも同様、阿鼻叫喚の出来上がりだ。
このお題に恐れ
ここで時間取っても変わらないし、よし、諦めよ。
「はいはい、駄々こねてもしょーがねぇから行くぞー」
と、俺はカトウとアオノの腕を掴んでずるずると引きずりながらゴールしたのだった。
はああああ、古典プリント……はあああああ。
※
さて、私が出る借り人競争はもうそろそろの出番だ。
この種目も二、三年生がごちゃ混ぜなのだけれど、同じ組みにムギちゃんがいた。
「どーんなお題出ますかねー?」
「課題プリントじゃなければ良し」
そしてノノカも同じ組みだ。
「あれはご愁傷様だわ。笑わせてもらったけれど」
借り人ならば物はない。
課題プリントはないとしても、これもネタ種目なのは変わらないので、はらはら、とするものは消えない。
この種目の他の子達もちらほら、そんな感じで、はらはら、している様子だ。
けれどノノカとムギちゃんはそんな事はちっとも考えていないようにあっけらかんとしている。
「ん? シウ先輩どうしましたー?」
「ムギちゃんはいつも元気だなぁって」
「えー? 普通ですよフツー。今は楽しんでるだけでーす」
今は、という言い方を狙って言っているムギちゃんの、にっひっひ、と笑う顔の下にある顔を私はまだ知らない。
「そっか。じゃあ私もはしゃいじゃおうかしら」
「あっは! いーねー。去年もお題楽勝だったし、まぁ余裕でしょ」
ノノカが去年やったお題は確か──教頭先生とお手手繋いでスキップでゴールしろ、だったわね……困ったわ、私スキップ下手らしいんだもの。
あああ、出番来ちゃった。
ス、スキップ以外でお願いします。
なんにせよ、どうなるかしらね──。
※
──どうしましょう。
「誰をご所望ですかー?」
放送部の実況係が私のそばで少々煩い。
けれどちょうどいいので利用しましょう。
さっきからメモにあるお題の人物を探しているのだけれど見当たらないので。
「少々マイクを借りても?」
「え、あ──」
「──オオツキ先生、ちょっとグラウンドの真ん中まで来てください」
まさかの呼び出しだー! と実況されて笑いが起きてしまった。
だってむやみに動きたくないし手っ取り早いじゃない。
それに疲れるし。
待っている間同じ組みの子達の動きを見て見ると、ノノカは部活の後輩というお題でタチバナ君を見つけて絡んでいた。
あれは完全に拒否されいる模様。
ムギちゃんは自分より背が低い同学年の男の子、というお題で探し中のようだ。
ムギちゃんは百六十七センチだし、クジラ君を見つけたら早いかもしれない。
他の子達も続々と探し回っていて──やっと来た。
「先生遅いわ」
「おーおー、来てやったのにその言い草ですか。っていうかお前が来いよ」
「効率を考えたらこっちの方が早くて」
そして私はお題のメモを見せた。
借り人は、人がいればいいだけではなく、お題の人と何をしてゴール、というのをクリアしなければならないのだ。
お題は──担任教師にお姫様抱っこされてゴール、またはお姫様抱っこをしてゴールと書かれている。
「…………こりゃまた面倒なお題で」
「どっちにします?」
抱っこされるか、するか。
「一択だろ──よい、せっ」
おお。
予想よりも、ひょいっ、と、というか観客席のざわめきが凄いわ。
「重くないですか?」
「あ? 軽いぞ?」
おお……何かしらこのときめき。
初お姫様だっこのせいかしら? 父さんはノーカウント。
「……先生、私、運動会で一位取った事ないんです」
「つまり?」
「GO」
頑張って走ってください、と言うと、先生は、はいはい、と思ったよりも速く走るので、私は慌てて先生の首に腕を巻き付けたのだった。
抱っこ心地はまぁまぁね。
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