第281話 わさびチップス(前編)
割り当てられたホテルの部屋は六人部屋の和室で、綺麗な畳の上には布団が敷かれている。
家ではベッドなのでこういう敷布団は懐かしくも新鮮だ。
小さい頃はお婆様と一緒に寝ていたものだけれど、今はもうそれは少ない。
しかし隣に、近くに並べられた布団は、うきうき、とするものが起きて童心に帰させてくれる。
おまけに今日はいつもないお菓子が枕元にあるからかしら、と私はうつ伏せに、枕に顎を乗せた。
ベランダ側に私、真ん中にノノカ、その隣にカシワギちゃんで川の字に並んでいる。
枕の方を上に、反対側には同室のクラスメイト三人がそれぞれの布団に座っている。
彼女達とはクラスでは少し話す事はあるけれど、こうやって会をするほどではなくて、少し緊張があるような──嬉しさがあるような。
眼鏡の
──私はどんなタイプ?
「クラキさんって怖い人だと思ってたー」
え。
「近寄り難いっていう感じかなぁ」
えぇ……。
「邪魔しちゃならないような独特の空気感あるっていうか」
んぅ……。
自分をそんな風に思った事ないのにな、とパーティー開けされたわさびチップスを一枚、指に挟んだ。
普通のポテトチップスに見えるけれどひと口齧れば、ぴりっ、と舌を刺激する。
この瞬間が美味しくて後を引いて、次々何枚もいけちゃう。
「実はわたしもクラキちゃんをそう思ってたんだぁ」
「アッタシもー」
カシワギちゃんやノノカにも言われてしまって、私は枕に顔を埋めた。
確かに私は線を引いていた。
近づかないで、と思っていた。
それは、私の弱さからだ。
今の自分の中でははっきり言えるから、だから変わろうとしているけれどなかなかそれは伝わっていなかったようだ。
「んでも全然そんな事ないでやんの」
ノノカの声に顔を上げる。
「うんっ、クラキちゃんって面白いよー」
面白いとは。
そして前三人は私を見て、にや、と不敵に微笑んだ。
「──それって彼氏影響?」
オクムラさん?
「クサカの野郎な」
ちょ、ノノカ。
「知った時びっくりしたなぁ……美女と普通」
美女はありがとうカリハナさん。
「あはっ! 普通でもいい人だよねっ」
カシワギちゃん、普通を肯定したわね。
「じゃあクラキさんにインタビューウ! クサカ君のどこが好きですかーあ?」
そしてペットボトルをマイクのように持ったシイバさんを真似て皆もグーに握った手を私に集めて、記者会見ごっこが始まってしまった。
どこ、とか……うぅぅぅん……。
「……え、影響はないって言ったら嘘になる、かな。特に何かされたとか、してくれたとかも、ないと思うのだけれど……」
これ、っていうのはないの。
けれど、けれど──。
布団に座り直した私は俯いて指についたチップスのわさびを舐めた。
「──気づかせて、くれるの。私のいいとこ、わるいとこ」
なんて事のないお喋りの中で、私に刺激をくれる人。
「……それと私を可愛くしてくれるのよ」
自分でもとんでもない発言を投げてみた。
頑張れるの。
クサカ君といると。
「ぎゃーもー! こっちが照れるー!」
オクムラさんが布団を転げ回っている。
「あっはっは! のろけてるぅ!」
ノノカは私の腕を軽くパンチしてきた。
「いいなぁ……いいなぁ!」
カリハナさんは顔を赤らめて深く二度言った。
「羨ましいぃぃ……っ、クサカ君がかっこよく見えてきた不思議っ」
私の彼氏を普通と言ったのはどの口かしら? カシワギちゃん?
「ってかクラキさん今のめっちゃ可愛いし! ちくしょー、しかも仕返しにあててくるし!」
シイバさんが、こんにゃろっ、と軽く枕を投げてきた。
ナイスキャッチした私はその枕を胸に抱いたまま笑っていた。
実は少しどころかかなり緊張していた。
皆と楽しくお喋り出来るかな、と。
可愛くない時の私を知っているクラスメイトだから──いいえ、勝手に線を引いていたのも、決めてつけていたのも私だけだったみたい。
私はまだまだだなぁ、とまた一枚、わさびチップスと新しい刺激を食べた。
「じゃ、次はノノカの話を聞きましょうか」
「は!?」
私だけの話で終わるわけないじゃない。
まだ女子会は始まったばかりよ? ねぇ?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます