第282話 わさびチップス(後編)

 ノノカは知っての通り、美しい人。

今は眉毛も目力も落とされているけれど、整った容姿は端麗で、頭脳も明晰。

無茶苦茶な理由で、風紀違反やその他諸々の反省文免除のために学年首席に君臨している。

それに運動神経も抜群。

ある時、校舎の二階から飛び降りるというはちゃめちゃな事があったけれど怪我はなし、これからも怪我がないように、と置いておくとして。

またある時、風紀指導の先生から逃げた時に階段の一番上から大ジャンプで逃げたというのも怪我はなし、これからも怪我がないように、と置いておくとして。

そしてリーダー的まとめ役というのも彼女の特徴だ。

率先して発言し、行動するノノカに引っ張られた者は私を含め少なくない。

自分は人見知りだといつも言うけれど、それを物ともしない的確な状況把握と言動はそう真似出来るものではない。


 そんな完璧に見えるノノカにも弱点がある。


 彼女は恋や愛については、、なのだ。


「──何も話す事ないってばー……っ」


 うつ伏せに寝転ぶノノカに私は横に、ごろん、と一回転して、ぴたり、とくっついた。


「のろけてもいいのよ?」


「のっ──ろけ、とかないっ!」


 さっきノノカは私をいじったのでいじり返しだ。

カシワギちゃん達も興味津々の顔で待っている。


「ま、ノムラはコセガワ君とだって思ってたけどね」


「オクムラ何それ……この世に人間は溢れかえってんのに……」


「んー、ノムラちゃんがってよりコセガワ君が、だよねっ。あからさまにだったもんっ」


「うちの部の後輩がコセガワ君に告ったんだけどー」


 カリハナさんの新情報にノノカが顔を上げた。

私もその話は初めてで、ノノカもそんな様子だ。


「何それ。コウタローってモテんの?」


 コセガワ君もノノカ同様に成績優秀、運動神経も言わずもがなだ。

容姿も悪くなければ風紀も乱れていない。

人当たりもとても良く──ノノカに引けをとらない超人ぶりは、ノノカのそばにいるからこそ見えていた。


「近くにいるのに知らなかったんかーい」


「シイちゃんには話したもんねぇ。まぁ後輩達には人気みたいだよ。でもちゃんと断ってくれたんだって。今はファンって感じになってるよー」


 同学年の私達はノノカとコセガワ君が幼馴染だと知っている。

それにずっと一緒にいるところも見ている。

二人の間には入れない、と思うものがあるのだ。


「つまり、ノノカ達はお似合いって事ね」


 うんうん、と皆も頷く。

するとノノカはむすくれた顔のまま両手で頬杖をついた。


「……わかんない、わかんない、わっかんなーいっ!」


 ぱりっ、とわさびチップスを食べた時、ノノカが叫んだ。

ちょっとうるさい。


「別にいいんだよ? だって、付き合ってようが何だろうが好きだったら告白とかそんなん、どうぞ、だし。でもなんか、アタシ何も知らなかったとか、今になって知ってとか、っていうかそうじゃなくて──」


 そしてノノカはまた枕に顔を埋めてこう呟いた。

小さい叫びは、私達が知らなかった彼女だった。


「──コウタローの好きが、怖い時あるんだぁ……」


 いつもの元気で激しいノノカはどこにもなくて、ただただ可愛い女の子がそこにいた。


「……んふっ」


 私は思わず笑ってしまった。


「何笑って──」


「──嬉しいんだもん。ノノカが精一杯、恋してるから」


 いっぱい、いっぱい。

心が色んな方向に動いて大変なのよね。

悔しい気持ちも、むかつく気持ちも、嬉しい気持ちも──その反対の、つっぱねちゃう気持ちも全部。


「知識はあっても、誰でも最初は初心者よ」


 私もまだまだ恋愛初心者だ。


「ちっこい頃のコウタローも知ってんのに?」


「それは幼馴染のコセガワ君で、彼氏なコセガワ君はまだ少しでしょう? お手手繋いで顔真っ赤にしちゃうノーノカちゃん?」


 そう意地悪してやると興味津々の四人がまた、にんまり、と笑った。


「そういうの待ってた! コセガワ手ぇ早そうだけどノムラがこれだから苦労してんだろうなー」


「手ぇ早い男ってどうなのって思うけどぉ? 遅いのも嫌だけどぉ」


「男はがつがつ肉食一択でしょー! うじうじ草食めんどくさーい!」


「逆にわたしら女の子から手ぇ出すのはあり?」


 それは、と私とノノカはわさびチップスを掲げてこう言った。


「──大ありね」


「──ないっ!」


 私とノノカの意見が分かれた。


「……コセガワ君も苦労するわね。むっつりノノカちゃん」


「はー? クサカの苦労がわかったわ! えろえろシウめ!」


 そうだ、と忘れかけていた男子へのライーンを思い出した私は携帯電話に手を伸ばした。


 さて、何て打とう……うーん。

あとノノカが背中に乗ってきてちょっと苦しいわ。


 ※


 やっとで女子からライーンがきた、と俺はベランダの柵を背に携帯電話の画面を操作する。

女子会とやらで楽しんでるなら別にいいやと思っていたのだけれど、このライーンはどういう事か、と首を捻った。


『クサカ君ももっと手、出していいのよ?』


 ……んぅ?

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