第278話 一口羊羹(後編)

 お土産屋さんの前に私と男子はもう一度花の道を通っていく事にした。

せっかくだしもう少し、と二人きりの散歩はちょっと嬉しい。


「あ、見て見て。黒薔薇」


 運河のそばにも花は咲いている。

どこもかしこも、至るところに。


「おー、企画の時のやつの?」


「かな?」


 種類までは見分けが難しいけれど、私にとっての特別な色の薔薇だ。


 モデルの企画の時、私は色んな色からこれを選んだ。

もちろんテーマや他の人達の意見もあったけれど、他にも鮮やかな色があるのにどうしてかこの色が気になって、今も気になっている。


 しゃがんで足元に咲く薔薇を近くに見ていると、男子もしゃがんできた。

周りには白もピンクも、赤い薔薇もある。


「黄色、オレンジ……うーん」


「うん?」


「言ってただろ? 俺に何色が合うかって」


 私は空の色がいい、と言った。

横目で男子を見ても同じ空の色を推す。


「青い薔薇って見た事ある?」


「テレビでなら」


「ふふっ、私も。ここのどこかにも咲いてるかなって思ったんだけれど、残念」


 青い薔薇は珍しい。

不可能じゃなくなったとは言っても、まだまだ少ない。


「──黒っていいな」


「え?」


「うん、やっぱお前に似合う」


 指をカメラのフレームのようにして覗かれた。


「ちょっと赤入ってっけど、うん。まんま赤よりお前っぽい」


「どういう?」


 意味を聞く。

すると男子は立ち上がって、移動しながら、と手を差し出してくれた。

こういうとこ、ほんとジェントル。

何回も出された手だけれど、全然慣れない。

慣れてる風に、照れをばれないようにするのは大変で楽しい私の一コマだ。

緩く重なり合う指が少し熱い。


「こんだけ花あんのによ、黒って何か目ぇ行く」


 黒は周りの色を引き締める色。


「ふふっ、見つけやすい?」


 そ、と男子は笑う。


 私はそんなに分かりやすい色をしているだろうか。

前にも後ろにも、横にも同じ黒い制服を着た同級生達が歩いている。

皆も同じ色なのに──。


「──な?」


 ……ああ、この人、意外にロマンチストだったんだわ。


 私はにやけ顔を腕で隠した。


「なーんでーすかー?」


「あは、無自覚?」


「んぉ? 何が?」


 本当に自覚無し。

ちくちく刺してくる棘みたい。


 周りの子達は白や赤、またはピンク、黄色にオレンジ。

けれど少ししか見えない黒に私を置いた。


 私をそばに置いてくれる。

隣に、咲かせてくれる。


 ……どうしよ、顔、赤いかも──と、男子をちら、と見たら男子の顔も少し赤かった。

無自覚を自覚したらしい。


「……あは、自爆」


「うっせーぃ。これでもイッショーケンメー考えた結果だってのー」


 色を、色々。


「ふふっ、花も色々よ?」


「ふん?」


「薔薇とは限らない」


「あ、そっか」


 私の時も色んな花を見せてもらった。

もしくは──。


「──さっきの羊羹でも可」


「マジ?」


「だって花よ?」


「…………うん、無理」


 男子は真顔から、ぐしゃ、と表情を変えた。

どうやら想像したらしいそれは多分、皆の呆れ顔、それか私のにやけ顔だ。


 そこで提案する。

近くにあった色から聞いてみましょう。


「ピンクはどう?」


「恥ずいっすぅ」


「オレンジは?」


「ピンクよりは幾分かマシぃ」


「じゃあ赤は?」


 そう続けて言っていたら、男子が少しを空けた。


「……羊羹に譲るぅ」


 まさかの答えに私は声を出して笑ってしまった。


 何て事のない会話でも男子は私を笑わせてくれる。

花も羊羹も、さらにまた一つ追加してくれる。


「ふふっ、クサカ君って変な色気があるのね」


「ん? それって褒められてる?」


 ええ、私限定じゃないと許さないやつだけれどね? と、私達はお土産屋さんに入ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る