第279話 瓶牛乳(前編)
夕食の場所はホテルの大広間で、クラスメイトや同級生達が、ずらり、と並んだ。
こんなにたくさんの人達と一緒に食事をするのはなかなかない事で、ちょっと圧巻だ。
賑やかしい話声と食器の音は楽しくて──。
「──はー……お腹いっぱい」
場所は変わって、大浴場。
二クラスずつ交代での入浴時間の今、私はノノカに髪の毛を洗ってもらっている。
この年になって髪を洗ってもらうのは美容室くらいで、誰かと一緒にお風呂に入るという事もない。
「はい終ーわり」
隣合って体を洗い始めた私達の会話は止まらない。
かこーん、と桶の音がどこからか響いた。
「はー、アタシお風呂の時間が一番好きだー」
「私も。背中洗う?」
「頼むー」
と、ノノカは背中を向ける。
綺麗な背中は無駄な肉もついていないし、ほくろ一つない。
「シウ?」
ううん、と泡立てたタオルで背中を洗っていく。
交代、と私も背中を向けた。
「ん? なーに丸くなってんの?」
なんとなく恥ずかしくなった私は前屈みになっている。
「……いいなー、って思って」
「何が? はい」
「ありがと。だってノノカ、スタイルいいんだもん」
どう頑張って見ても私の方がスタイルは、むにむに。
胸はノノカの方がむにむに。
するとノノカは、努力してるからねー、と言った。
「別に体型維持してるわけじゃないけど」
聞けば毎日腹筋背筋腕立て伏せをしているらしい。
絶対に真似出来ない、というか腕立て伏せ出来ないわ。
「だからコセガワ君から逃げれるのね」
「うるさーい! まぁ負けたくないのは、ある。ちっこい頃からの競争相手だもん。って言っても男女じゃもう差は出来てるけれどさー」
ノノカの全力は男の子並みだと思うのだけれど、それでもコセガワ君は手加減しているという。
「……やっぱり手加減されてるわよね?」
シャワーを浴びて泡を落とす。
「そりゃそうでしょー。じゃないと今頃シウなんか食われてる」
食われ……ぎゃあ。
「あっはっはっ、なーに想像してんのー?」
ぎゃあ、もう、あー、ぎゃあ。
「──ぶわっ、あっは! やめれー!」
私はノノカの顔にシャワーをびしゃーっ、とかけてやったのだった。
もうっ、そんなの食い返す──返さないけれど! むぅん!
※
大浴場から出たすぐにある露天風呂も結構広くて、私達は岩を背に湯舟に使っている。
少し熱めのお湯を肩にかけて、ふーっ、と温まった息を吐く。
「んー……外のお風呂って気持ちいい」
夜の
けれど向こうからは私達が見えているかも。
湯気が立ち上って邪魔してるかしら、なんて疲れた足を伸ばす。
明日もいっぱい歩くだろうし……頑張ろ。
「うーん、色っぽいっすねー、いいっすねー」
ノノカがまた馬鹿な事を言ってきた。
「ノノカは顔面戦闘力が減少したわね」
「美しかろ?」
「はいはい。って、こら。泳がないの」
こう広いと泳ぎたくなる気持ちもわからなくないけれど──まったく、どうしてそんなに元気が余ってるのかしら。
「夜は女子会よ? 早々に寝ないように」
「はーいはいはい、聞き手頑張りまーす」
「え、ノノカの話が聞きたいのに。ねぇ、カシワギちゃん」
ちょうど露天風呂に移動してきたカシワギちゃんを手招きする。
「何々ー?」
ぬ。
「ひゅーぅ、カシワギちゃん隠れぼいーん!」
それ、ぬ。
カシワギちゃんは慌てて前を隠す。
「はっ、恥ずかしいからあんまり見ないでっ。そ、それで?」
「女子会メインはノノカのコイバナよね、って話」
「ぬぁんでメインなのさー! やだー、やだやだー!」
駄々こねてお湯をばしゃばしゃ跳ねさせるノノカをどうにかしなければ、と私は仕方なくこう提案してみる。
「瓶牛乳、奢ってあげるから観念しなさい」
さっきロビーに設置された自動販売機の横にあったのを私は発見していた。
銭湯じゃないけれど、お風呂上りに牛乳もなかなかいいんじゃない、と。
するとノノカは、いつも飲んでるからいただきまー、と組んだ手の水鉄砲でお湯を飛ばしてきたのだった。
だからはしゃぐのおやめなさいって。
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