第266話 ロールケーキ(後編)
喫茶店にて。
「──すっごい人。しかも女の人ばっかりだね」
角の二人席。
「確かに男一人じゃ入りにくいかもね」
対面にゆったりしたパーカーのワンピース? にロングスニーカーな装いのハギオが座っている。
「カジ?」
呼ばれてメニューから顔を上げた。
きっとハギオには窺っていたのはばればれだろう。
「……居心地悪い」
俺はロング丈のカットソーにデニムシャツな装いだ。
「限定ロールケーキとストレートティー、ホットで」
あたしも同じやつ、とハギオは店員に手を上げた。
※
──クラキシウ先輩。
結局入部してしまった書道部の副部長の三年生の女の人で、あたしが最近気になっている事──気になっている人だ。
※
──クラキシウ。
入部した天文部の部長の三年生、リョウちゃん先輩の彼女な人──あと、ずっと気になっている、女の人。
※
カジが気になっていた限定ロールケーキが運ばれてきた。
シンプルな生クリームのロールケーキは中心まで渦に巻かれていて、メープルシロップをかけるのだとか。
「いただきます」
※
やっぱりロールケーキは真ん中まで渦巻いてなきゃな、と俺はすでに満足する。
周りだけに生地があるとか、それはただの覆いケーキだと言いたい。
「いただきます」
※
……ふっ、顔綻んでる。
子供みたい。
けれど確かに美味しい。
あたしも笑ってるかも。
※
うまー……ハギオがいてよかったかも。
テイクアウト出来ないのがこの店のよくないところでいいところだよな。
※
本題。
さっきの会話の続き。
「……クラキ、先輩?」
俺は知らないふりをしながらストレートティーを飲む。
※
本題。
さっきの会話の続き。
「うん。三年生の人。女の人で、いつもお菓子食べてる人」
あたしはカジが知っていると気づいていた。
さっき名前を言った時、カジの目が開いたから。
それだけだけれど、気づいた。
※
「もう先輩と喧嘩でもした?」
他愛のない探り。
※
「喧嘩じゃないよ。苦手なだけ」
他愛のない会話に付き合う。
探らせないけれど、付き合う。
※
「ふーん。なのに書道部に入部したんだ」
「うん。あたしに好かれたいんだって」
「……いい人なんじゃないの?」
「いい人って何?」
ストレートな質問に俺は沈黙する。
嫌わない事がいい事か、わるい事か、それがいい人になるか。
とりあえずストレートティーが美味い。
※
甘いロールケーキをストレートティーでリセットする。
二口目も三口目も美味しい。
「……あたしは自分が嫌いだ」
※
ロールケーキにフォークを刺したままハギオが言う。
何を以ってそう言うのか俺には検討がつかない。
「……俺だって、嫌いな自分はいる」
※
多くの客で店内は小うるさかった。
客足は減ってはまた元通り、隣もその隣もテーブル席は埋め尽くされている。
※
カップを置くカジの手、爪が綺麗な事に気づいた。
※
伏したハギオの目の、まつ毛が随分長い事に気づいた。
「……クラキシウ、知ってるよ」
白状した。
いや、知らないふりをやめた。
※
「うん、知ってた」
知ってるのを知らないようにしていたのをやめた。
※
何を、探る?
※
あたしは言った。
「……あんな調子狂う人、初めてなんだ」
※
俺も言った。
「……俺は、狂わされた」
※
クラキシウ。
書道部副部長の女の人で、天文部部長の彼女の人。
※
「……ま、俺の部の先輩は超可愛いけれど」
「ふっ、恋でも始めそうな言い方──あ」
「ん?」
あたしはメニュー表を開いて横に掲げた。
あたしとカジが隣の席向こうに見えないようにだ。
角の席でよかった。
※
何だ? と俺は少々前屈みになるハギオに合わせて猫背になった。
「何?」
「反対側の端の席」
メニュー表から顔半分だけ出して見てみる。
そこには話題の気になる人──クラキシウがいた。
※
ちょっとしかみえなかったけれど、対面の男の人がクラキ先輩の彼氏か……普通な人。
そして目を戻した時、あたしは、カジの顔に、びびった。
──何、その、目。
どういう中身で、見てんの?
「……ちょっと、見てていい?」
あたしは頷いた。
※
探りはまだ、続行だ。
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