第258話 パポシュ・デ・アンジョ(後編)
ふむ、さすがにここまで起きないのは計算外だったわ。
天文部にあった図鑑を手に、私はまだ眠る男子を見下ろす。
さっきと全く変わらない体勢で、すーすー、と寝息だけが天文部に鳴っていて、橙色だった空の色も随分濁ってきた。
そんな中、私も図鑑に夢中になってしまった学ランも着っぱなしなんだけれど、というのは置いておく。
図鑑を本棚に戻して男子の傍にしゃがむ。
……すやすや。
「クサカくーん」
テスト疲れにも
「クサカくーん、そろそろ帰りませんかー」
私が迎えに来てから三十分弱、家に着く頃にはすっかり暗くなってしまう。
膝を抱えてしばし待つけれど、やっぱり男子は起きない。
それどころか立てていた膝を真っ直ぐに下ろした。
むー……。
私もそのまま床に腰を下ろした。
女の子座りで、床に触れた足とお尻が冷たい。
当たり前に硬いのに、こうも無防備にずっと寝ていて体は痛くないのだろうか。
そんな心配をしつつも少し悪戯しちゃおうかな、と私は
だって起きないし!
男子の顔を真横に観察する。
至近距離でもゼロ距離でも見た事あるけれど、こんなにじっくりと見るのは初めてかもしれない。
肌、綺麗ねぇ……む、こんなところに小さなホクロあるんだ……。
そして私は無意識に男子の頭を撫でていた。
おでこの、前髪の、生え際のところをそっ、と撫で続ける。
相変わらず髪の毛柔らかいなぁ。
するとさすがに起き──なかった男子は少しぐずって目の上に右腕を乗せてしまった。
電気が眩しかったらしい。
けれどこれはまた寝コース突入のお知らせだ。
ふぅ、とため息をついた私は男子の胸辺りを軽く揺する。
「クサカくん、起きて」
……反応なし。
寝コースどころか、熟睡コース突入か。
一度寝るとなかなか起きないのかしら、とまた揺する。
まるで眠れる森の美女……森でもないし女の子でもなかったわ。
えと……眠れる天文部の美男子?
………………美男子じゃあないわね。
むん、とまた息をついて男子にゆっくりと倒れ込んでみる。
さっきまで揺らしていた胸元に左頬をつけて、パーカーの紐が邪魔ね、と手探りでよけて目を閉じる。
……心臓の音。
薄っすら感じるそれは男子の音で、温かい。
落ち着く……。
けれど私は、はっ、と目を開けた。
このままだと私も一緒に寝てしまいそうだと思ったからだ。
少し窓、壁の方に男子の顔が動いている。
手を伸ばして男子の鼻筋を指でなぞる。
鼻から上唇、下唇。
キスで目覚めるとかあるのかしら、と私は考えた。
百年よりもずっと短い何時間かわからない眠りでも、男子は起きてくれるだろうか。
呪いなんてものもないし、これも悪戯の一種になるのだろうけれど。
……いやいやいやいや、駄目よ私。
そんな、ねぇ?
甘々な自分に恥ずかしくなった。
私はどれだけ男子とくっつきたいのだろう。
そしてこうも思った。
もし、私がちゅーしても起きてくれなかったら、何か、ヤだな、とか。
物語の王子様のような力が、私になかったら、とか──。
「──クサカ君からが、いいなぁ、とか」
また指で男子の唇に触れる。
ふにふに、と
ぼこっ、とした指触りはちょっと楽しい。
男の子なんだなぁ……。
起き上がって、じっ、と見つめる。
さて、そろそろ本気で起こさないといけない。
呼んでも揺らしても駄目だった。
それなら──。
「──油断してると寝首をかかれるわよ?」
あむ。
私は男子の喉を甘噛みした。
「……ふひっ、寝首を噛まれてるんですが?」
ぱっ、と離れて微笑む。
「おはよう、タヌキさん」
「あんな触られたら起きるわーい。っていうか口じゃないんかーい」
やっと起きた少し頬が赤い男子は首を撫でつつ、学ランを着ている私に気づいて笑った。
「ふふっ、似合う?」
「可愛い可愛い」
「テキトー」
「二倍褒めてるべや」
上手く逃げたわね、と先に立ち上がった私はバッグを手にする。
「ちょいちょい、学ラン返せぃ」
すると男子が後ろから脱がせてくれた。
その時──あむ、と感じた。
半分だけ脱いだ時に、私の、首の後ろのところを甘噛み、された。
「ひょわっ」
「ひひっ、変な声」
後ろで男子が笑う。
振り向いたらまだ赤い顔で、仕返し、と笑った。
ああもう、寝てないのに、首、かかれちゃった。
くやし!
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