第253話 チーズスフレ(前編)

 学生の本分は学ぶ事。

一番に思いつくのはもちろん勉強──そんなわけでテスト勉強中の今だ。


「シウちゃんは頭良くていいよなー」


 まだ明るい放課後の教室、真ん中の一番後ろの席で俺は教科書とノートを開いている。


「そんな事ないわよ?」


 そんな事ある、と俺はペンをくるり、と指で回す。


 俺の席の前で横座りしている女子は、今日のお菓子であろう紙袋をがさがさ、と開けながら答えた。


「何もしないわけないじゃない」


 今まさにしていないのだけれど、と頬杖をついてため息をつく。


「春休みから勉強する癖、つけたの」


「家で勉強しないが売りのお前がぁ?」


「買ってくれるの?」


 勉強は嫌だけれど、この問題がわからないので後で教えてくれください。

そう教科書をペンで叩くと女子は、もう少し考えてみましょうねー、と小さい子に教えるような言い方で返してきた。

悪くないけれど、いと悔し。


「真面目な話、受験生だからね。しっかり勉強したいの」


 しなきゃ、と女子は言わない。


「だからその前に力をつけましょう」


「力って……腹が減っただけだろ?」


 同じです、と女子は二つカップを俺の机に置いた。

これはスプーンが必要だと思われるけれど見当たらない。

すると女子はいそいそと自分の机まで戻ってあれを持ってきた。

俺も久しぶりの出番だな、とバッグから出す。

ウェットティッシュで手を拭いて、女子からプレゼントしてもらったお箸を指で挟んだまま手を合わせる。


「いただきます」


「いただきまー」


 カップに入ったチーズスフレにお箸を入れる。

変な感じだけれど仕方ないとして──やっこい感触。

ふわっ、として、食べたら、しゅっ、ってなくなるような、けれど少しまったりもするような。


「うんまいなー」


「うんまいね」


 お菓子を食べる女子を見るのは全然飽きない。

嬉しそーな、楽しそーな、もちろん美味しそーな、そんでもって幸せそーな顔は、美味しい。


「はい、続き続き」


「え、まだ一口しか食べてねぇんだけどー?」


「一問解くごとに一口許可する」


 なんと。


「……鬼め」


「退治する? あ、退治出来るの?」


 しませんし出来ませんけれどね!?


 俺はお箸をペンに持ち替えてまた、くるん、と回した。


「楽しい勉強方法って何かねぇかなぁー」


「んー……解けたら楽しくない?」


 女子は三口目のチーズスフレを食べて、唇からお箸が抜かれた。


 美味そう……ぬぅん。


 とりあえず俺も追いスフレをしたいのでどうにかこうにか解いてみる。

多分、こうで、こうで……こう? 自信は全く無しで女子を上目で見てみる。


「正解」


 よっしゃ、と追いスフレを食べる。

ふわっ、と、しゅわっ、と、またーり、甘美味ーい。


「ふふっ、楽しそ」


 笑われて気づいた。


「ご褒美ないと頑張れないとか──」


「──いいじゃない。子供の頃はテストで九十五点以上だったら父さんの手作りスフレだった事もあるわ」


 女子父のお菓子作りレベルがとても気になる今日この頃です。


「俺は図鑑だったなぁ」


「空の?」


「そ。子供向けの星空図鑑みてーなやつ」


「いいご褒美。ねぇ、今度それ読ませてほしいな?」


 問題を解きながら俺は笑ってしまった。


「何のご褒美で?」


「そうね、あなたの勉強を楽しくさせてるご褒美、とかはどう?」


 そして、正解、と女子は俺のスフレとお箸を持って、あーん、をしてきやがった。


「……ずっるい!」


「あは、顔が真っ赤っか。駄目?」


 駄目じゃないですけれどね? やっぱ恥ずいもんがこう、ぶわっ、と、じゅわっ、と出てきてしまいましてね?


「早く食べないと私が──あ」


 それは俺のご褒美スフレだ、と俺はお箸に乗ったスフレに食らいついたのだった。


「んふっ、このくらい早く問題も解けたらいいのにね」


 うっせーやい!

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