第250話 バナナオレ(後編)
実習棟の二階の真ん中、書道部の部室にて私達は新入生達の対応をしていた。
順番に見ている子達が多いのか、結構な人達でもう説明するのが面倒くさい──という顔が出ていたらしく、部長に、休憩してていいよー、と言われてしまった私は窓際の展示の
んん、口の中がバナナバナナ。
休憩中にと残しておいたバナナオレは早くもストローが挿され、私に飲まれている。
もう少しミルク感があってもいいんじゃないかしら、というお味は
窓を開けて縁に肘を置いて外を眺める。
二階からでも広く見えるグラウンドでも新入生歓迎会は行われている。
わー……運動部はやっぱり人気なのかしら。
いっぱいいるなぁ……。
なんて眺めていると、スカートのポケットにつっこんでいた携帯電話が震えた。
画面をタップすると、クラゲちゃんからのライーンだった。
『こんにちはです! メイク部に一年生入ってくれたんですー! 嬉しいいい! 先輩んとこはどうですか!?』
たたたっ、と返信する。
『大声で喜んでるクラゲちゃんが目に浮かんだわ。良かったわね。書道部はまだなの。頑張るね』
そう返信した私はバナナオレを片手に持ったまま背伸びをした。
もうそろそろパフォーマンスの時間だ。
人に、誰かに見られながら書くのはいつもとは少し違う。
さて、どんな字を書こうか。
いつも通り、この時の字を書きたい。
この時を、伝えたい。
「──クラキ先輩、そろそろ始めますか」
カトー君が呼びに来た。
まったく、いいタイミングで声を掛けてくれるじゃない。
振り向いた私は、にっこり、と微笑むとカトー君はたじろいだ。
まったく、若干失礼なのは二年になっても変わっていないようだ。
※
文化祭の時は四枚の大きな紙を使用した。
今回は縦長の紙を使用する。
部室の真ん中の床に設置したそれらを前に私は正座する。
「……何だか私より皆の方が緊張してるみたいね」
周りを囲む一年生達にそう微笑むと、皆の肩の力が、ふっ、と抜けた。
十数人が部室の中にいて、廊下からも覗いている子が数人いる。
他の部員達も注目する。
私に──私が
それじゃあ始めましょうか、と私は背筋を伸ばす。
「初めまして、副部長のクラキです。書道部を代表して新入生の皆様を歓迎します。我が部の説明としては……まったり? しています」
好きな言葉を好きな形で、好きなように。
自分なりの、やり方で。
「言っちゃうと、毎日活動しなくていい書道部が大好き。そんな不純な動機でも結構よ?」
そう言うと笑いが起きた。
良い雰囲気──うん、良い字が書けそう、かも。
こればっかりは書いてみないとわからない。
伝わるか、わからない。
私は邪魔な制服の白いスカーフを外す。
「では、よろしくお願いいたします」
そう言って目を瞑り、深く、深い呼吸を一度する。
目を開けて、筆を取る。
私のいつもの書き方、始め方だ。
膝をついたまま前屈みになって、紙を、字を真上から見る。
……うん。
今日は運びがいい。
楽しいのかもしれない。
新しい、初々しい一年生達と一緒に浮かれているのかもしれない。
私が一年の時、三年生が数名しかいない書道部は今と変わらなかった。
まったりした、空気の良い場所だと思った。
好きな字を書いていい、と言われた時は困った。
お手本があって、その通りに書く事ばかりしていた私にとって、面白かった。
皆と変わらない、同じ制服を着た新しい子達にそれを教えたい。
こういう──自分が出せる場所がある事をだ。
最後の右払いで書き終えた私は、ふーっ、と息を吐いた。
……うん、私なりの、私の字が目の前にある。
「──ありがとうございました」
小さな拍手が嬉しい。
感想を言い合っているのか、息継ぎのようにひそひそ声も聞こえてきた。
そんな中、少し大きな声が目立った。
「……あたしは嫌いかな」
女の子の声で、部室の端っこで見ている子だとわかった。
皆がその子に注目している。
立ち上がった私はその子に近づく。
同じくらいの身長で、三つ編みの髪型、眼鏡をかけている彼女は周りと私の反応に肩を竦ませている。
それでも目は、私を真っ直ぐ見ていた。
「──私は好きよ」
「えっ……あの?」
「あなたのはっきりした感想よ」
そりゃあ人それぞれ、好む好まないはある。
好きも嫌いも当然、それでも、嫌い、とはっきり言う人はなかなかいない。
嫌いなのに好き、と言う人よりよっぽど好きだ。
「あなた、お名前は?」
すると一年生の女の子は少し遅れて答えた。
「
「──下のお名前は?」
「み……
私は、にっこり、と微笑んでいた。
嫌われたままでは悲しいから、これから好きになってもらおうと思っていた。
「ハギオさん、あなた書道部に入りなさいな。ね?」
私が綴った文字は──『
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