第239話 おしるこ(前編)
今日は陽射しがあって割りと暖かい。
なので俺と女子は陽当たりの良い廊下の窓際に立っていた。
ここから窓を覗くと校門が見える。
ちらほらと帰宅する生徒が門を抜けていっていた。
そして女子は何故か爪先立ちをしていた。
それでも俺よりも背が低い女子を見下ろして俺は聞く。
「……何してんの?」
「お気になさらず」
気になります、と俺は今日のおやつである缶のおしるこのプルタブを引っ張った。
期間限定で中庭の自動販売機に現れるこれは、去年もこの時期に飲んだか、と思い出す。
あっま、うまっ。
んでもこれ、どうすっかなー。
中にある豆を上手く一緒に流せない俺はいつも諦めてしまう。
出来る事なら残さず飲みたいのだけれど、と缶の口を覗いていた俺に気づいた女子も缶を開けた。
「缶の口の下のところを少し押して凹ませるの。そしたら豆が流れてきやすくなるわ」
音もなく凹ませて、同時に飲んでみる。
「──おお、マジだ。お前はこいういう事はよく知ってるなぁ」
「こういう事じゃなくてもクサカ君より知ってるかと?」
はいはい、と窓を開けてやや冷たい風を顔に受ける。
女子も髪を押さえて外を見ていた。
「……イツキ先輩、どうしてるかな」
「ライーンは?」
女子は首を横に振った。
あの日、俺達がオオカミ先生から話を聞いた日からミズタニ先輩とは会っていない。
それにオオカミ先生から聞いた話も俺達は言えなかった。
難しくて、俺達も答えられなかったのだ。
「……実際、むずいよ」
「うん。こういうの、関係ないなんて言えない」
「うん」
関係ないなんて、ない。
想いのままに、想うままにと言えたらどんなにいいか。
簡単に言えるはずなのに、言えない。
「……大人っつーか、先生ってのがな」
「禁断の関係ね」
女子が声を落として言った。
その通りの事に俺は息をつく。
許嫁ってのもびっくりしたけれど、先生で生徒で──。
「──ミズタニ先輩が言ってた事、ちょっとわかってきた」
「聞かせて?」
窓を背に女子はまだ爪先立ちをしている。
「……したい恋愛はすぐそばにあんのに、出来ない。それは相手を……先生を想っての事で……それってかなり、辛い」
言ってて俺もつらくなった。
もし俺がミズタニ先輩だったらと考えてしまったから。
その時、口に缶が響いた。
いつの間にか俯いていた俺を起こすために、女子がおしるこの缶を指で弾いたのだ。
「優しい人達ばかり。先輩も先生も、クサカ君も」
「お、俺は別に──」
「──ううん、優しいわ。私よりもずっと」
今度は女子の言う事がわからなかった。
そしてやっとで女子は爪先立ちを解いた。
「お気になされなかったんで聞くけど、何してたん?」
すると女子は何故か、じと、と見てきた。
「……運動ですけれど」
「へ? 何で? 運動嫌いで運動音痴のくせに?」
「やっぱりクサカ君、優しくないっ」
ふんっ、と女子はまた窓の向こうへと顔を背けてしまった。
そういえば太ったの太ってないのと言っていたか、と思い出す。
「……そんなに気にする?」
「するっ」
「何で?」
「だって……太ってるより痩せてるのが可愛いの比率が大きいじゃない」
世間一般の多数決か何かの情報。
俺は窓の縁に肘をついておしるこの缶の底を回す。
こうした方が豆がより出やすくなる気がする。
「すでに可愛いけれど?」
「嘘つきっ」
「何でそーなんだよっ。今めっちゃ照れないように言ったんだぞ俺ー?」
そして俺は緩く握った拳の指で女子の頬をふにっ、と触った。
ふにふに、むにむに──良い柔らかさである!!
数回そうしていると、むぅん、とふてくされた女子の頬から、ぷしゅん、と息が漏れた。
「……嬉しいけれど、女の子としての意地があるのっ」
「ふん?」
「もっと可愛くいたいのっ、クサカ君の前ではっ。ふーんだっ」
そう言って女子はまた膨れっ面を作った。
それすらも可愛いとか言ったら、女子はもっと可愛くなるのかもとか思う俺はもう、ほんと、たまらないのです。
かー……っ、全力でハグしてぇー……っ。
欲望が解放しそうになった時、廊下の端から駆けてくる奴に気づいた。
「──クサカァ!! コイツどうにかしてよっ!!」
全速力で走り抜けるノムラに答える事は出来ずにその後ろを見ると、コイツ──どうにかしてほしいコセガワも駆けていた。
「もー、ノノちゃんってば照れなくていいのにー」
俺と女子は駆け抜けていった二人を見送りながらこう呟いた。
「……満面の笑みで走ってたわね、コセガワ君。全速力のノノカに、凄くない?」
「こっわー……ってか、立場逆転してんじゃん。ノムラも素直になりゃいいのにな」
すると女子はこう言って、俺は首を傾げるのだった。
「──これも意地ってやつよ。女の子のね」
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