第229話 スモア(前編)
去年もだったのだけれど、この時期の書道部は割りと忙しい。
それは先生方からの頼まれ事があるためだ。
部としての有意義な活動としての記録が出来るのは有難くもある。
しかし、今日は去年と勝手が違っていた。
私の背中にひっつき虫がいるのである。
「……ノノカ」
床に大きめの
「遊びに来るのは構わないって言ったけれど、邪魔よ」
「冷たいー!」
「あっち行け」
私は正座のままノノカに、のっしり、と寄り掛かって排除する。
それでもノノカは私のそばから離れないので、ふぅ、とため息をついた。
「もう、いつまでそうしてるの?」
レン君から告白を受けた日、私とノノカは男子とコセガワ君に怒ってしまった。
一瞬の沸騰は少し熱いままだったけれど、私と男子は仲直りをした。
そして先日は──もっと仲良しになった。
「……何にやけてんすか」
「にっひっひ、いい事ですかー?」
私の前──部室の前の席に着いていたカトー君とムギちゃんにつっこまれてしまった。
むにむに、と頬を揉んで顔を戻す。
「教えません。ほらノノカ、本当にあっちに行って。私もすぐに行くから」
んやーん、と駄々こねるノノカだったけれど、ムギちゃんが引きずって持っていってくれた。
字を書く私を見学、というカトー君についてきたムギちゃんはしっかりおやつも持ってきていて、一緒に見学中だ。
ちゃんと許可を貰って借りて来たのか、アルコールランプが机にある。
それにタッパーに入った白い物体と薄茶色の板と茶色の板、カトー君が竹串を持っているところを見ると──。
「──ちゃんと集中してください」
カトー君に串を、間違った、釘を刺された。
わかってますよ、と筆に墨をつける。
……集中乱してくるのはそっちなのにどうして私が叱られたのかしら。
むん。
※
二つの文字を五枚ずつ書き上げた私は、いそいそ、と甘い匂いに誘われた。
「私も焼きたいわ」
どうぞー、とムギちゃんが串をくれた。
その前にウェットティッシュで手を拭いて、いそいそ。
マシュマロを串に刺して、アルコールランプで炙る。
何だか実験みたいだわ、と楽しい。
そしてこっちも──。
「──早く仲直りしちゃえばいいのに」
私はノノカに言った。
まだコセガワ君と仲直りしていないらしく、コセガワ君も参ってたな、と私は焼けるマシュマロの甘い匂いをすーん、と嗅いだ。
早く焼けてしまいなさい。
「喧嘩です?」
「……コウタローが悪い」
「こら。コセガワ君、ちゃんと謝ってたじゃない。それをいつまでもずるずるずるずる」
「そういうんじゃなくて……何か、コウタローもそういうの考えるんだなぁ、って思ってぇ」
ぶうたれた顔のままノノカは頬杖をつく。
「色だとか、女だとか男だとか」
そういうの考えるコウタローに戸惑ってんの、とノノカは告白した。
これは……あららら? 面白くなってきたのでは?
カトー君もムギちゃんも気づいたようでそれぞれ、ため息をついたり、にやけ顔を見せたりしている。
ノノカとコセガワ君は幼少の時から幼馴染で、ずっと一緒にいる女の子と男の子だ。
コセガワ君は早くから気づいたみたいだけれど、やっと、ノノカが意識し出した。
「……コセガワ君の事、好き?」
「うん」
はっきりと早い返答が来た。
「っていうか、今までずっと一緒にいたわけだし、好きとか嫌いとかない──」
「──それ以上に、好き?」
私は重ねて聞いた。
ノノカは私を見て、目を逸らして、マシュマロの串を私に持たせた。
そしてグラハムクラッカーに薄いチョコレートを乗せて、スタンバイ。
「……わかんない。でも、わかるよ。アタシだってさすがにさ」
ノノカは自分の事がわからないという。
けれど、コセガワ君がそういう好きをノノカに向けているのはわかっていた。
「こんなにイラつくのとかさ、何でか……わかんないや」
まだノノカは気づくまでの途中にいる。
カトー君とムギちゃんに肩を竦めてみせた私は微笑んだ。
「──もう火はついてるわ」
「……何それぇ」
始まりの合図。
二人の関係は幼馴染から変化する時が来たのだ。
はい、と焼けたマシュマロをスタンバイされているグラハムクラッカー、薄いチョコレートの上に置く。
そしてムギちゃんが同じように薄いチョコレートを下にしたグラハムクラッカーを焼けたマシュマロに乗せた。
それをぐっ、と挟めば、ふわふわだったマシュマロが、とろり、と溢れてくる。
「ね?」
「……シウに言われる日が来るとはね」
ノノカは、ふーっ、と息を吹きかけて冷ますと、ざくっ、とろ、のびー、と食べた。
熱々で、はふっ、と息を逃がして、唇についたチョコレートを舐めている。
「うんまー」
カトー君もムギちゃんも次々食べ出す。
私のマシュマロはもう少し。
……早く焼けなさい!
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