第230話 スモア(後編)
やっとマシュマロが焼けて、私もスモアを食べる。
んー……っ、クラッカーの、ざっくざっく、という独特の噛み応えとチョコレートの緩んだ甘さとマシュマロの、もちん、とした蕩け具合と伸び具合。
やや熱の息を逃がしてまた、ざくざく、と食べる、食べちゃう。
「んんっ、やばいですねーこれー。カトー次の焼いとくれー」
「はいよ。先輩達も次いきますか?」
当然、と私とノノカは頷く。
カトー君はマシュマロを刺した竹串を四本持って炙り出した。
「それでそれで、聞いちゃったんで言っちゃいますけどー。ノノカ先輩びびってるー、って話でおっけーですかー?」
ムギちゃんったら簡潔的確ね。
「び、びびってないし!」
「じゃあまだ怒ってるの?」
「お、怒っても、ない」
するとカトー君がマシュマロの竹串をひっくり返しながら言った。
「日ぃ経っちゃって余計気まずいって感じっすか。自業自得、自爆御礼」
「おいこら一年。言葉を選べ言葉を」
じゃあ、とカトー君は言い直した。
次に選んだ言葉に私は少し驚く。
「──悔しいんすか? とか」
聞こえたノノカはゆっくりと視線を外して頬杖をついた。
どうやら当たりらしい。
それに私にも心当たりがある。
私のとは違うそれは、おそらくこうだと思う。
私は焼く前のマシュマロをむにむに、とつまんだ。
幼馴染で、友達で、親友で、悪友だったノノカ達。
長い期間そうだったからこそ、変化、が難しい。
コセガワ君もきっと怖がっているのかもしれない。
けれど、進もうとしている。
火に炙られたマシュマロから甘く焦げた匂いがしてきた。
「……前にさ、それとなーく、こう、刺してみた事あるんだけれど、さ」
ぽつぽつ、とノノカが話し始めた。
コセガワ君の気持ちに随分前から気づいている事、それでもいつものように振舞っている事、刺してみた時も途中で逃げてしまった事。
それらが、上手く出来なくなった事。
「今のままでいいのにって思うアタシは、駄目なのかねぇ……」
まだ焼け切っていないマシュマロの竹串をカトー君から受け取ったノノカは、くるくる、と竹串を回す。
ノノカとコセガワ君は誰が見ても特別な関係に見える。
付き合っていないと知ってもそれは変わらない。
「……ちょっと言わせてもらっていいっすかね?」
カトー君は私やムギちゃんにも竹串を渡した。
「……何さ、泣きぼくろ」
確かにカトー君の目の下にほくろがあるけれど、と私は逆の手に持っていたスモアを口の放り込んだ。
むぐむぐ、美味し。
「──なーんか、好かれる事に慣れ切ってて腹立つんすけど」
喉が詰まりかけた。
しまった、食べるタイミングを間違えたわ。
カトー君の口の悪さは頭にあったのにこれじゃあフォローも出来ない。
「何様? って感じ。コセガワ先輩? って人、知らねぇっすけれど、よく我慢してんなーって感心します。つか甘やかし過ぎだろ」
あーあー、カトー君、あー。
「べっつに、甘えてるつもりなんか──」
「──それもあんたは気づいてんすよね?」
またノノカは黙ってしまった。
けれどカトー君は止まらない。
「今の特別? な関係がぶっ壊れっかもって結局はびびってんじゃん。何も壊れやしねぇのに。わかってるふりして、肝心なとこ見てなさすぎだろ」
カトー君は焼けたマシュマロをチョコレート、クラッカーに乗せて、挟んだ。
「……ムギ、あとは頼む。俺は食う」
ここで交代、ムギちゃんが補足とフォローをする。
「にっひっひ。カトーってかっこいいと思いません?」
それじゃなくて、と私もクラッカーを用意する。
するとノノカは唇を突きだしたままこう言った。
「……コウタローがいないとか、考えた事もなかった。だけれどさ、こうなったら……そうなるかもじゃん?」
好き以上の好きじゃなくなったら、幼馴染にも戻れない。
そうノノカは、寂しく考えてしまっていた。
頑張り屋で、寂しがり屋の彼女の本音の部分が見えて、私は少し嬉しくなった。
「だからー、今度はノムラ先輩が追っかけたらいいじゃないんですー?」
ムギちゃんもクラッカー同士をぐっ、と指で挟んで、とろっ、と溶け出てきたマシュマロが落ちそうになっている。
それを元に戻そうとクラッカーを離そうとしても、もうそれはくっついて離れない。
今度は、ノノカの番だ。
くっつこうとしなかった──追いかけられて、追った事がなかったノノカの番だ。
「……今、めたくそ恥ずかしい」
「んふっ、私達っていい後輩持ったわね」
するとカトー君はため息をついてこう吐き捨てた。
「俺はめんどくせー先輩いちゃったなって感じっすけれど。ま、頑張れば?」
「泣きぼくろ、アンタはいつか絶対泣かしてやる」
「はぁ、まぁ頑張ってください。あとクラキ先輩、最近太りました? これも結構なカロリー爆弾なんで気をつけた方がいいっすよ」
がーーん!!
「カトー! 火炙りの刑と串刺しの刑、どっちか選んで!!」
せっかく褒めたのに…………私、太った? がーーん。
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