第227話 アッサムミルクティー(前編)

「──こんばんわ、お邪魔しています」


 ※


 目を覚ました私は少々男子の椅子の中で、ぼーっ、としていた。

それから見逃したDVDを少し巻き戻しをして観て、男子の解説を聞いて終了、という感じで、そしてこう聞かされて目が覚めた。


 母さんが帰ってきてお前寝てんの見られた。

ついでにこの体勢のまま、と。


 ※


 一階のリビングで私は挨拶をした。

ソファーには男子のお母様、そして妹のヨリちゃんもいた。

テレビを見ながらお茶するところだったらしく、綺麗なカップとポットがテーブルにあった。


「あらー、あらあらあらあら、あらー」


 凄く早くお母様がリビングの入り口に立っていた私の手を取った。


「初めましてー、リョウの母ですー。あらー、あらあらあらー」


「は、初めまして」


 ぶんぶん、と握られた手を振られて声も揺れた。


「シウさんお久しぶりですー! 遊びに来るんだったら言ってよ、オニィ!」


「お前は部活だったろーが!」


「サボるし!」


「サボりはお母さんが許しませんよー、ヨリちゃーん?」


 そっちのけで男子親子の言い合いが始まってしまった。


 学校とは違う匂い、男子の家の匂い、男子の家族の匂い──いつもとは違う男子の顔があった。


「……ふふっ」


「ん? 何笑ってんだよ」


「ううん──改めて、ご挨拶させてください」


 と、私は持っていたバッグと大判のストールを床に置いて、手を体の前で軽く握った。


「クラキシウと申します。ク──リョウさんとは仲良くさせていただいています。お母様にお会い出来てとても嬉しいです。今日はご連絡もせずにお邪魔してすみませんでした」


 若干の緊張の中、私は挨拶をした。

頭を下げて、顔を上げると男子のお母様は口に手を当てて驚いていた。


 ……粗相があったかしら?


 そう男子を横に見ると、男子も私を驚いた目で見ていた。

ヨリちゃんも以下同文。


「……リョウ」


「ういっす」


「本当にあんたの彼女なの?」


「そうっすけれど」


「マジ? ガチでマジ?」


「ババアがマジとかガチとか使うなや──って、家庭内暴力反対ぃ」


 男子が足をじんわり、ぐりぐり、と踏まれている。

するとそのまま男子のお母様は、私を見てこう言った。


「本当に? ガチでマジ?」


「が、ガチでマジです。あの、すみません。私なんかが──」


「──あっ、違う違うっ。そうじゃなくてね、しっかりした子でびっくりしちゃって!」


「い、いえ。そんな事は──」


「──そんな事ありますー。あたしもお母さんみたいに超びっくりしたもーん」


 そんな事ないのに、どうしよう。


「……あ、ありがとうございます。長居させていただいたので、私そろそろ──」


「──えーっ! シウさんもうちょっとだけ遊ぼうよー!」


 ヨリちゃんが私の腕を組んできた。


「で、でも……」


 すると男子のお母様まで逆の腕を組んできた。


「んふふー、捕まえた」


 にんまり、と両側から微笑む顔が二つ。

今はもう暗くなってきた夕方。


「ちょいちょい、母さんまで何やってんだよ」


「リョウちゃんばっかりずるーい」


 ……リョウちゃん呼び。


「お母さんだってイチャイチャしたーい」


 い、イチャイチャッ。


 男子を見ると顔を逸らして逃げていた。

ずるいっ。


「ちょうどお茶するところだったのよ。有名なお紅茶いただいてね。ね、帰りはリョウの送らせるから、もうちょっとだけ、ね?」


 母というものは皆こうなのかしら、と私は自分の母さんと重ねてちょっとだけ笑ってしまった。


「……いいかなぁ?」


 私は男子に聞いた。


「ん。いーんじゃねぇの?」


 すると両側から、やいやい、とまた声が上がった。


「オニィ嬉しいくせにー」


「ねー。はいはい、こっちにいらっしゃい。ほらリョウ、荷物。あとカップ持ってきてー」


「はいはい、人使い荒ぇなぁ……」


 ため息をつきながら男子は台所に行ってしまい、私はソファーに座らされた。


 これは……好印象? なのかしら?


 私は気づかれないように、ほっ、と胸を撫で下ろすのだった。

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