第195話 マロングラッセ(前編)

 始業式も済んだ昼の放課後、私はカシワギさんと廊下を歩いていた。


「カシワギさん、大丈夫?」


「う、うん。ついてないね、こんな日に日直なんてぇ」


 私達の手には冬休みの課題がある。

クラスメイト全員分のノートとプリントだ。

課題提出は厳しくて、休み明けになるとこうやって集められてる。

全て提出、未提出はチェック済みで、忘れていた人や間に合わなかった人達は教室で奮闘中だ。

今日中に出さなければ今日から一週間毎日、別の課題が追加されてしまうのである。


「カシワギさんは今日から部活?」


「うん、自由参加だけれどね、ちょっとでも進めておきたくて……」


「進める?」


 そう聞き返した時、カシワギさんが持っていたノートの束がバランスを崩し──た、と思ったけれど持ち直して、二人して、ふーっ、と息をついた。


「セーフ……ありがと。あのね、服デザ部でね、一年の集大成みたいな感じで一着作ってるんだ。ドレスなの」


 カシワギさんは服飾デザイン部に所属している。

職員室に行くまでに色々と教えてくれた。

どうやら一年の集大成作品は毎年の事らしく、今年は気合いを入れて刺繍いっぱいのデザインにしたとかで、聞いただけの私はもう、くらくら、と滅入ってしまった。

けれど彼女の顔は楽しそうだ。


「楽しみね」


 私がそう微笑むとカシワギさんも、うん、と微笑んだ。

たくさん、いっぱい頑張った後のその時。

それは一瞬かもしれないけれど、絶対のもの。


「今度、見学に行ってもいいかしら?」


「是非是非! 試着もオーケーだよ! 写真も撮りたいなー!」


 カシワギさんのテンションが上がってしまって何やらおかしな方向に話が行ってしまった。


 大体ああいう服って細いのよね……。


「……サイズが、合えば」


「合う! 約束ねっ」


 私も楽しみではあるし、友達との約束は嬉しい。


「はいはい、約束ね。っと、扉開けれる?」


 ちょうど職員室の前に着いた私達だったけれど、どちらも手が塞がっている。

一度床に置けばいいのに、その一度が面倒臭い。

私は右見て、左見て、よし、と右足を上げた。


 その時、がら、と扉が開いた。

そこには男の子の生徒が立っていて、私を見て、カシワギさんを見て、また私を見て──足を見た。


「こんにちは、レン君」


「……ちっす、横着おうちゃくもん」


 む。


「いつまで足を見るつもり? えっち」


「お前こそいつまで足あげてんだ? あと俺はえっちです」


 まさかの肯定。

そしてレン君は私とカシワギさんが持っていたノートやプリントの束を上から取ってくれた。


「え、あ、ありがと……」


「ん。女にゃ重ぇだろ」


「気が利くわね」


「お礼」


「苦しゅうない」


 何だそれまぁいいけど、とレン君はその先生の机か、と歩き出した。

するとあまり関わりのない、もしかしたら初めて話したのか、カシワギさんが、こそ、と私に耳打ちしてきた。


「もっと怖い人かと思ってた……」


「偏見」


「そ、そうかも。だって目がきつい感じしてたんだもんっ。でもでも喋ってみるとってやつかな」


「かも。よく笑うし冗談も言うわよ?」


「へー……意外」


 あら? ちょっと乙女な目付き。


 背が小さいカシワギさんに合わせて少し屈んで耳打ちする。


「タイプ?」


「たっ!?」


 あらあら大きな声。

職員室にいた先生、生徒が大注目、私は知らんぷり。


「何、どうしたよ」


「こっちの話よ」


「俺の話ー?」


「そうよ」


「い、言っちゃうんだっ。で、でも、何でもないですっ」


「はっ、必死ウケる」


 先生は不在のようなので、私達はノートやプリントを机の上に並べる。

そして隣の机の先生からメモ紙とペンをお借りして、持ってきました、との報告を添えた。


「日直任務完了。レン君ありがとう、助かったわ」


「あ、ありがとうっ」


「いーよ、こんくらい。足で開けようとしてんのとか貴重なもん見れたし?」


 前言撤回。


「カシワギさん、やっぱりレン君ってひと癖あるわ」


「そ、それはクラキさんのせいじゃ……あ、もう部活行くからここでっ。また明日ねっ」


 逃げたカシワギさんを廊下で見送って私も一息。


「クラキも部活?」


「いいえ?」


 良い天気の昼下がり。

お昼はまだだけれど、このまま教室に戻っても課題居残り組がちょろちょろいる時間だ。

男子もその一人だ。


「んなら写真部寄ってかね? 花の写真、まだお前にやってねぇし」


 そういえばまだ貰っていなかった。

それに写真部には行っていないし──。


「──ついでにお菓子あり。マロングラッセ」


「早く行きましょう」


 仕方なしに私は釣られてあげる事にしたのだった。

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