第196話 マロングラッセ(後編)
部室棟には今日も運動部の人達、そして文化部の人達が結構いて賑やかでいる。
お昼時だからというのもあるだろう。
写真部の部室は一階にある。
「コート持ってくればよかったわ」
少し外を歩いただけでもう手が冷たくなってしまって、はぁ、と息をかける。
「あー、足元用のヒーターしかねぇな」
「
「今日は自由参加。ちなみに鍵はここ」
と、レン君はポケットから部室の鍵を出して開ける。
さっき職員室にいたのはこのためか。
そして他の部員さんはいないとわかった。
「どーぞ」
「どーも」
あの時以来の写真部の部室は何も変わっていないように見えた。
私はパイプ椅子を窓際に移動させて、ヒーターは、と床に目を這わせる。
「何で窓際? ほい、ヒーター」
「日向の方が暖かいと思って。ありがとう」
じんわり、と灯るヒーターに早速手をかざすと──。
「──あと、これ」
と、レン君は私の頭の上に何かを降らせてきた。
取って広げてみると体操服のジャージだった。
「羽織っとけば?」
「……まさか冬休みの間──」
「──ねぇよ。いつもここに置いてっから今日も持ってきといただけ」
なら、と遠慮なく私は袖を通した。
……おお。
「ふふっ、ぶかぶか」
丈はもちろん、袖も長い。
腕を伸ばすと手の甲、指まですっぽり隠れてしまっている。
おかげで寒いのが少し緩和された気がする。
するとレン君がマロングラッセの箱を手に私を見下ろしているのに気づいた。
レン君の顔を見て、箱を見る。
十二個入りのそれは金色の包み紙に包まれていた。
一つが結構大きい。
またレン君に顔を戻して聞く。
「考え事?」
さっきからずっと見下ろされたままだ。
「……や。思ったよりクるなーって思って?」
疑問形で答えられても、と私は首を傾げる。
「ん、一個だけな。部員らのおやつでもあっから」
「ご
一つ取ると、レン君は二つパイプ椅子を窓際に持ってきて、私の斜め前に座った。
もう一つのパイプ椅子は机の代わりのようで、そこにマロングラッセの箱を置いた。
そしてメインの写真もそこに置かれた。
「食いながらでいい?」
「ええ。いただきます」
写真はミニアルバムにまとめてあった。
シンプルな黒いアルバムと、ピンク色のアルバムだ。
とりあえず私はマロングラッセの包み紙を解く。
艶めいた濃い栗色は、ごろん、大きくて──半分、食べた。
んん……バニラの香り、凄い。
しっとりだけれど独特のほっくり感がやや残ってて……んん、甘い中に大人っぽい味もする。
そしてピンク色のアルバムを手に取って開いた。
花と、足──クラゲちゃんの写真だった。
やや開き気味の足に赤黒い薔薇が咲いている。
捲るとまた違う表情の写真で、不器用でも恥ずかしそうな内股の足はまた印象を変えた。
「あは、可愛い」
「へ?」
「この花、かっこいい花をくすぐってるみたいなんだもの」
アルバムを寄せてレン君に見せる。
するとレン君の肩が私の肩に少し当たった。
「ふっ、それニノミヤに言ってやって。あいつ可愛くなりてぇ奴だからよ」
肩をそのままにレン君は言う。
「うん、今度会った時に──」
「──お前、この距離何ともないんだな」
「ん?」
目を上げたら近くでレン君が見ていた。
さっきと変わらない距離で、肩もまだ触れている。
「何か?」
こうしないと一緒に写真見れないじゃない、と付け加えて、私は残りのマロングラッセを口に放り込んだ。
二口目も美味し。
またアルバムを数ページ捲っていく。
一枚ずつ貼られた写真は同じようでどれも違う記録──あの時の、記憶、だった。
「こっちはクラキの。撮ったやつ全部ある」
まだ途中だけれど黒いアルバムを手に取る。
少し緊張の息をついて、開いた。
……むん。
「どーよ」
レン君が肘で腕をつついてきて、目の端に髪の毛も見えた。
「……私ね、あまり自分の写真、見ないの。だから、何だろう──」
──私じゃ、ないみたい。
そう、呟いた。
「……お前って、こうだよ」
レン君がアルバムを捲った。
「これも、こっちも。全部お前……花みてぇだよ」
……わお。
こんな近い距離でレン君の笑みを見たのは初めてだ。
お世辞とわかっていても、嬉しい。
「……あなた、意外といい人なのね」
「どー思ってたんだか」
「わるい人」
「はっ、正解」
あは、と笑いながらまたアルバムを捲った今の私は、あの時の私を見るのだった。
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