第192話 甘酒(後編)
少し人がはけてきたか。
それでも正月を迎えた人達の浮かれる声がどこからもしている。
天気が良くてよかった。
腹もいっぱいだし、甘酒もまぁまぁ美味い。
残りのつぶつぶを上顎と舌で潰す。
……あーあ、言っちゃった。
さて、ミツコはどういう反応すっかな。
そう見た時、俺の方が驚いてしまった。
「……何その顔」
「どんな顔?」
それも聞いてくるミツコは、驚くでも怒るでもなく、ただ俺を見ていた。
くそ……調子狂う。
ミツコは、甘酒のおかわり貰ってくる、と割と近い無料屋台へと行ってしまった。
俺はしゃがんで壁にもたれかかる。
通る人達の足元を見ながら残りの甘酒に口をつけた。
俺がクラキをそういう風に思ったのはモデルの企画の──違う。
その前に俺はクラキを知っていた。
移動教室の時、休み時間の廊下。
こんな風に、ぼやっ、としてる時に見た喧騒な学校内でだった。
煩く笑う奴や、無駄に足音が大きい奴の方がよっぽど目立っていた。
その中でクラキは静かだった。
音も何もなかった。
なのにどうしてか俺はクラキを見つけていた。
気づけば──気づけば、気づいていて、見ていた。
モデルの企画の時は、マジかよ、ってのが先に来た。
あんな風に関われるとは思わなかった。
平静を演じた。
何とも思ってない風を装った。
どうして俺はそうしたのか、と数分置きに思った。
思ってもすぐに俺は演じて、装った。
「──はい、おかわり甘酒」
ミツコが戻ってきた。
両手に紙コップがある。
「別によかったのに」
「いいじゃん。熱いの美味しくない?」
「……ありがとさん」
「ついでついで」
熱い内に一口、唇が少し焼けた。
下唇を巻き込んで冷ましていると、ミツコは隣にしゃがんできて小さく話し出した。
「──あたしも同じだったよ。邪魔してやろうかと思った」
まだ付き合う前の二人に会って、クラキに協力を求めたそうだ。
「ダサい牽制だったけれどね、断られてむかついた。けれど、今はそうしてくれて良かったって思ってる」
私はあなたほど彼を知らないし、その気持ちもどれほどか知らないから。
そうクラキは言ったそうだ。
はっきりと、実に的確な断りに一瞬笑ってしまった。
「今でも結構むかつく。こっちは勇気出して言いましたよーって。なんて、ダサいよね。こっちの勝手なあれだもんね……」
勝手。
「……好きんなるって、そういう事だろ」
いつの間にか。
考える間もなく。
気づけば。
気づいたら、一直線。
「落下中」
恋に、クラキに、落下中。
「まーね。許可して人を好きになんなきゃとか聞いた事ないし」
「な」
「でもレン君はあたしに言っちゃったね」
熱過ぎるのによく飲めるな、と俺はミツコを見る。
本当は、こいつは会ったばかりの俺をよく知ってるみたいだな、という思いで見ていた。
慣れてしまった演じも、何でもない風の装いも俺の言葉の中にあった。
本心は、ヤな事だってわかっているからだ。
あの二人は付き合っている。
俺の目から見ても楽しそうだ。
幸せそうだ。
お似合いの二人だ。
それでも濁った恋の心とかってやつがけしかける。
俺に置き換えて想像、妄想してしまう。
「──あたしは止めないからね」
「……なんで?」
「止まるもんじゃないでしょ」
ミツコは落ち葉を一枚拾って、ひらひら、と落とした。
右に左に、時に回って落ちていく葉っぱはゆっくりと俺の靴の上に落ちた。
「好きな人がいる子好きになるとか……神様も遊びが過ぎるっつーの」
「はっ、神社で不謹慎だなぁ」
「言いたい事は言うようにしてんの。でも願い事は叶えてほしー!」
また勝手な考えだな、と俺は笑った。
「あーあ……ミツコは応援してくれたりする?」
「しない」
ばっさり。
「あたしはクサカとシウが好きだからね。悪いけどあんたはまだわかんない。これでも割と衝撃受けてるからね? でも邪魔もしない」
また、ばっさり。
さらに俺は笑った。
じゃあ、と俺は焼けた下唇を舐めて、こう言った。
「俺、ガチだからよ。棚ぼたも自分から作りに行く」
「は?」
──俺はクラキの秘密を共有している。
これは多分、クサカはまだ知らない事だ。
ニノミヤも知ってる事だけれど、知った事か。
秘密の解除はしない。
俺はクラキを悲しませたいわけじゃないからだ。
ただ、利用出来るかも、と考えた俺は本当にヤな奴だなと自分を
それでも俺の方がクラキを知っているという優越感は止められない。
俺の方が──やっぱり俺はヤな奴だ。
「……何考えてるか知らないけれど、止めないって言ったから止めない。でもヤな奴は訂正する」
ミツコの目が厳しくなった。
俺の顔はどんな顔をしているか。
「あたし、あんたの事嫌いだわ」
それはどうも、と俺はまだ熱い甘酒を飲んだ。
棚から甘味──さて、どう落とそうか。
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