第183話 ブランデーボンボン(前編)

 デザートは木苺のシャーベットにカプチーノみたいなふわふわのクリーム添えだった。

最後の一口はピンク色のシャンパン、でご馳走様。


「最後まで美味かったなー」


 私と男子はものくろ屋を出て帰り道を歩いている。

住宅街の道はやや暗く、もう人通りも少ない。


「ね。けれど、いいの? 奢ってもらっちゃって……」


 私が化粧室に行っていた間に男子は会計を済ませてしまっていた。


「いーいー」


「でも──」


「──いーんだって。それに、、だろ?」


 男子は満足そうに笑って手を繋いでいる。

ご飯を食べたばかりだからか、熱い手がさらに熱く感じた。

多分それは男子も同じ。

けれど、優しく包んでくれる。


 らしく──恋人、っぽく。


「ん?」


 こうやって私が盗み見するとすぐに気づいてくれる。


「……ううん。寒くない?」


「へーき。クラキは?」


 私は軽く横に首を振って、足元に目を落とす。


 もう夜になってしまった。

夜ってこんなに早く来るんだっけ、と思った。

もうお気に入りの靴の爪先は見え辛くて、けれど歩幅は狭いままで──。


「──まだ時間あるよな」


 私は顔を上げた。


「どっかで駄弁るべ。これも食いたいしさ」


 男子はコートのポケットからカラスちゃんに貰ったチョコレイトを出して微笑む。


「……うん! けれどどこで──あ、公園は、どうですか?」


「ふっ、何で敬語なんですか。いいよ、クラキんの近く?」


「うん。小さな公園なんだけれど──」


 ──ああもう……私の家がもっと遠ければよかったのに。


 ※


「おー、イルミネーション!」


 小さな公園は私が小さい時によく遊んだ場所で、この辺りの住人の憩いの場、みたいな場所だ。

砂場にジャングルジム、ブランコにシーソー。

今はどれも小さく見える。


「ちょっと声抑えてね。住宅街だから声響いちゃう」


「ごめごめ。テンション上がった」


「ふふっ、綺麗でしょ? 毎年クリスマスの時期はこうなの」


 私と男子は公園の周りにある木を見上げている。

小さな白い星屑が咲いているみたいなシンプルなイルミネーションだ。


「クリスマスって感じ」


「……うん」


 ──明日はもう、クリスマスじゃない。


「あ、あそこ明るいじゃん」


 男子は私の手を引いてベンチへと向かう。

そして座りながら早速、チョコレイトを取り出した。

私もバッグから取り出す。

金色の包み紙のチョコレイトは丸いかと思ったら──太ったボトルみたいな形をしていた。


「これって中に汁、入ってる系?」


「あは、汁って。多分ね。一口だと大きい気もするけれど──」


 ──と、私達は大きな口でチョコレイトを食べた。

チョコレイトは意外に薄くて簡単に割れて、中の汁──じゃないわ、ソースの独特な苦みすぐに広がった。


「んぐっ……きっつー……っ」


 男子が軽く咳き込んで、はーっ、と白い息と苦みを吐いている。


「お前へーきか? 結構酒の味強いぞ、これ」


 ブランデーの香りが口いっぱい。

けれどチョコレイトの甘みもあって平気。

ごくん。


「美味し。不思議な感じ……あ、何だかぽかぽかしてきたかも」


「お前は何でも好きだなぁ」


「良い事よ?」


「ははっ、悪いっつってねぇよ」


 ……落ち着く。

私が左側で、男子が右側。

隣同士で、お菓子を食べている。

いつもと違うのは夜で、寒いところ──暖かいところ。


「──……あーの、な」


「なーに?」


 男子はボディバッグをごそごそ、とし出した。


「タイミングわかんなくて今になっちゃったんだけど……はい、これ」


 可愛い箱が男子の手にあった。

気づいて私も慌てた。


「あ、あのっ、私もなのっ」


 私もバッグから箱を出した。

大事に大事に入れていたクリスマスプレゼントだ。

男子の方を向こうとしたら膝同士が軽くぶつかった。


「……クリスマスプレゼント、なの。良かったら、貰ってくれますか?」


 また敬語になってしまった私に男子は笑った。


「さんきゅ。俺も……良かったら貰ってくれ。言っちゃうけど、買う時めっちゃ恥ずかしかったんだからなー」


 今もまだ恥ずかしそうな顔だけれど、と私も笑ってしまった。


「俺から開けていい?」


「ど、どうぞ。お気に召しますか、どうか」


 黒い箱は手のひらサイズで、赤いカードにはメリークリスマスのメッセージ。

丁寧にリボンを解いて、男子は箱を開けた。

びっくり箱じゃないのに、中が見えた瞬間、男子は驚いた顔になった。


「……?」


「う、うん。ブレスレットなの。アンクレットにもなるって──」


「──やばい。めっちゃ嬉しー……」


 男子は早速手首につけて見せてきた。

明るさによって色が変わる月はオーロラみたいに見えて、それよりも男子の顔の方が私は嬉しくて微笑んだ。


「クラキも……あー、緊張する」


 今、私が感じたばかりの事を感じている男子の横で、プレゼントの紐を解く。

可愛いお花を崩さないように、包み紙も破かないように、細長い箱の蓋をそっ、と開けて、私も男子と同じように、驚いてしまった。


「……クラキと被った……俺もブレスレットなんだよ。の。ど、どうっすか?」


 シルバーの細いチェーンに、雪の結晶が一粒ついている。

その上に私が好きな色──ピンク色の小粒のストーンがまた一粒ついていて──。


「──……やばいわ」


「ははっ、なんか俺の真似──え?」


 男子の驚いた声がした。


「ほんと……


 私、今、笑ってる?


「……どーしたよ?」


 男子の手──月の手が、私の手を包む。


 その手の上に、私の涙が一粒、二粒、落ちた。

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