第154話 ベーグル(後編)

 写真担当だった写真部二年のアマネレンです。


 あー、楽しかった。

やばい。

高揚感。

終わって結構時間経つけどまだ全然おさまってくんない。

体暑くて上着いらね。


 旧校舎の生物部から部室棟にある写真部の部室に戻った俺は、早速ノートパソコンに写真のデータを移している。

フィルムの方は明日。

明日も多分、高揚すっかも。


「──レン先輩、片付け終わ……って、自分だけずるーい!!」


 おー、うるせ。


「お前らのもあるっつの」


 機材の片付けを手伝ってくれたメイク部の二人が後ろから覗き込んできた。

でっかい女の子とちっさめの野郎だ。


「さんきゅーな。ココアとミニベーグル。菓子だけじゃ腹減ってんだろ。あんま食えなかったしなー」


「いいんですか? 何かすいません……」


 クジラちゃんは謙虚で良い子だのぉ。


「ひゃっふーっ! いただきまーす!」


 ニノミヤは遠慮知らずで突進してくる子だのぉ。


「食いなっせ飲みなっせ」


 写真部からの参加は俺だけだったので助かったのは本当だ。

俺はマウスをクリックして写真を画面に映し出す。


 ニノミヤとクジラちゃんもミニベーグルをもそもそ、と食べながら両隣から見てきた。

狭いな。


「わー……アタシの足がいっぱいだ」


 そりゃいっぱい撮ったんで。


 かち、とクリックしていく。

ぐび、とココアを一口飲む。

もち、とマーマレードのゆるい匂いのミニベーグルを一口食べる。


「……クラゲの足じゃないみたいだ」


「んだなー」


「じゃあどういう足? ですか?」


 突進天然な質問に詰まった。


「……良い足だぞ。な?」


 あとはクジラちゃんに任せる。

こういうのは、、が一番効く。


 にや、とクジラちゃんを見てやると、クジラちゃんは俺の膝に膝をぶつけてきた。


「……俺が良い足にしてやったんだ! です!」


 くっはー、おいおい何だそれ。

確かにクジラちゃんのメイクスキルで変わったけどよ。


「ほんとに!? やったー! また可愛いに近づいたぞー!!」


「は? 可愛いって、どっちかってーと綺麗ってやつじゃねぇの?」


「綺麗と可愛いってどう違うんですか? 良いは良いでしょ?」


 万歳の両腕を半分落としたままニノミヤは言う。


 ふむ。

これは俺が、足だけ──写真だけ、見てるからか?


 頬杖をついてちょっと考えてみる。


 ニノミヤは一年で俺は二年。

今回の企画で存在を知って、背がでかくて声がでかくて、突進型のややドジ風味の女ん子。

しかし薔薇は黒紅色。

花のデザインもニノミヤには正反対のようなイメージ。

写真は足だけ。


 俺にとってこれは、綺麗、なものだ。


「──受け取り方はそれぞれでいい、かと思うですけど」


 と、クジラちゃんが物申した。


「写真とかってそういうもんですよね? 芸術みたいなもんとか」


「……いい事言うなー、お前」


 そうだよ。

写真とかそういうのって、感じたまま、でいいんだ。

こうだからこう、っていう決まりはない。


 そういうのも含めて、俺は写真が好きなんだ。


「──って事は、可愛くもあるわけだ。この足はよ」


 からかいって楽しいわー。

しかしクジラちゃんは、ちょびっとだけ、うん、って頷いた。


 あてたつもりが、あてられ返しされた。

ちくしょうがよー。


「ま、ほんとお疲れさんさん。現像して選んでからお前らにも写真やるよ。部の記録でも必要だろ?」


「はい、お願いします。やっと部活っぽい記録書ける……」


「しまーす! あ、クラキ先輩の写真映して! ください!」


 あいつのか、とマウスをクリックしていく。

まぐ、とミニベーグルを口に放り込んで、口の中に残っている内に、ずず、とココアを飲む。


 ──花のヒト。


 タチバナの花のイメージは一言で言うと、そんな感じ。

ヒトは、人でも、ひと、でもいい。

クラキは、そんなに、見えている。


「……クラゲ何泣いてんだよ」


「わ、わかんないっ。何か、出ちゃう、みたいな。そういう感じするんだもん」


 俺は泣くとか、そういうのはない。

それはニノミヤだけが感じる何か。

それぞれの、そういうもん。


 けれど──うん、あった。

俺にも、そういうもん。

シャッターを押す時、押した時、見ている今もそういうのは感じている。


「……俺、またレン先輩とこういう企画、やりたいです」


「お、大歓迎大歓迎。服デ部とそういう話出てっから紹介すっか? メイクし放題やり放題だぞ多分」


 是非お願いしますっ、とクジラちゃんとニノミヤはもうやる気のようで後ろで、きゃっきゃっ、と騒いでいる。


 そして俺はまだ──また、クラキの写真を見つめていた。


「……ちぇ。いい女はもう誰かのもん、ってか」


 この感じは多分、恋、とかいうやつに似ている気がした。

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