第155話 キャンディーリング(前編)
生物部植物科一年のチョウノです。
「──……また身長のせいで子供扱いされた……」
「チィはちっこいからなぁ」
「でっかくなりたいっ」
「ちっこいままでも可愛いけど」
「うっ……」
同じ生物部のタチバナ君──わ、私のか、彼氏でもある彼は最近、きゅんを超えて、ぎゅん! とするような事を平気な顔で言ってきます。
今日は写真部の先輩さんとメイク部の同級生達で合同企画があって、終わったところです。
このまま部室に残っていたらずーっと休まらない、と生物の先輩であるノノちゃん先輩に言われてしまったので、私とタチバナ君は学校から出て、いつもお世話になっているお花屋さんに行っていました。
「チィ、こっち」
今回のお花もそのお店で、何度も利用させていただいているのですけれど、私は方向音痴なのでまだ道を覚えてられていません。
なのでタチバナ君が言うままについて行っています。
するとタチバナ君は結構な斜めの土手の真ん中付近でしゃがみました。
「ん」
と、隣を指差して私を後ろに見てきました。
「休憩?」
「うん。帰り道デート」
うっ、だからぁ!
盛大に、もじもじ、としてからタチバナ君の隣にしゃがみます。
茂る草が足に触ってくすぐったいです。
「何味?」
タチバナ君はお花屋さんからいただいたキャンディーをポケットから取り出しました。
私もスカートのポケットから出します。
「赤色……苺かな?」
タチバナ君はもう舐めていて、綺麗な黄緑色が見えました。
青りんご味かな、と予想します。
そして私はこうしました。
「見て見て」
私はその飴を指にはめてみたのです。
指輪型の飴です。
人差し指がちょうどのサイズみたいです。
大きな飴が豪華な宝石みたいに、きらきら、つやつや、しています。
「よく入るなー」
そう言うタチバナ君は、おしゃぶり、とか言ったら怒られるだろうけれど、そんな風に輪っかのところをつまんで舐めていました。
何とかはめようとしても指の第一関節も通りそうにありません。
「タチバナ君は手、でっかいもんね。指もでっかいー」
「チィは手も指もちっこいもんな。見せて」
うっ……でっかい指に、私のちっこい手が、取られました。
「ふっ、ぴったりな指輪。おもちゃみてぇ」
むっ。
「久しぶりだもん」
「昨日ぶり?」
「違うーっ、もっとちっこい頃ぶり!」
幼稚園くらいの時! と私は憤慨します。
タチバナ君は私をよくからかいます。
「俺も久しぶり」
「え? こういうのって女の子のお菓子って感じがするのに」
「姉ちゃんがよく食べてたんだよ。全部の指につけてたりな」
セレブごっことか、とタチバナ君は微笑みます。
タチバナ君のお姉さんは結構年が離れていて、少し前にご結婚されて家を出られました。
あまり私からは聞いた事はないですけれど、多分ちっこい頃から仲良しで、中学生の時も一緒に出掛けたりって話は聞いていました。
「……お姉さんいなくて寂しい?」
「全然。昨日も帰ってきたし」
「へ? 帰ってきたって──」
「──旦那さんと喧嘩しまくってるから」
それで夜中までお酒を飲んではくだを巻いている、らしいです。
「でも姉ちゃん、文句言いながらも指輪を大事そうに触んの」
左手の薬指だけを器用に立てたタチバナ君は近くに咲いていたコスモスを眺めます。
そして何本か千切りました。
茶色っぽい色です。
「嗅いでみ。チョコレートの匂いする」
一本貰って鼻に近づけると、微かに甘い香りがしました。
「……うん、いい匂いする」
甘い苺の指輪の飴の匂いと、チョコレートの匂いが混ざります。
するとタチバナ君は指輪の飴を口に咥えたまま、千切ったコスモスをいじり出しました。
いつ見ても器用な指先で思わず見ちゃう──見惚れてしまいます。
私はそんなタチバナ君に興味が沸いて、生物部植物科に入部したのです。
ほんとは色々……脅し? のような事もありましたけれど、話が長くなるので割愛します。
「──こんなもんかな」
あっという間にコスモスの形が変わりました。
「
「飴じゃなくて──」
──タチバナ君は私の右手を取りました。
え、その指って……っ、わ、わぁ……意味、わかってる、のかな?
「この指がちょうどっぽいな……はい」
左手の人差し指には、飴の指輪をはめています。
そして右手の薬指に、コスモスの指輪をはめてくれました。
私は、ちら、とタチバナ君を見ました。
タチバナ君ははめてからその意味に気づいたみたいで、ふい、と顔を逸らしました。
「……なんですかっ」
「……ううん! えへへ、似合う?」
そう言った私は、コスモスの指輪の匂いをまた嗅ぎました。
その後、間違って舐めるなよ、とタチバナ君がからかったのですが、私は怒らずにやっぱり照れるのでした。
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