第136話 生キャラメル(後編)
もう陽が落ちるのが早くなってきたな、と俺は職員室に鍵を返して廊下を歩いていた。
橙色というよりはカラメル色で、遠くの空の灰色は夜を誘っているようで、とか女子っぽい感じで言ってるな、俺──。
「──あれ?」
そんな空を廊下の窓から見ていて下駄箱に近づいた時、見慣れた奴がそこにいて、俺の声に振り向いた。
「──あら?」
女子がいた。
「今日は図書館寄って帰るっつってたのに」
「そのつもりだったんだけれど、お茶会に誘われてたの」
女子は、ぱたたん、と革靴を床に落とした。
俺も自分の下駄箱からスニーカーをばたた、と落とす。
「何、その花」
女子の手には一本の花があった。
茶色の紙にくるんであって、ご丁寧にリボンまで結んである。
「んふっ、貰っちゃったの」
「へー……」
俺は女子を横目に見た。
「………………誰に?」
「え? 聞こえなかったわ、もう一回」
革靴の踵に指を入れて履いていた女子は斜め上に見ながら聞き返した。
そんなに俺の声は小さかったか、と俺もスニーカーに爪先を突っ込む。
「誰に、かなぁ、って」
「ああ、男の子よ」
お、男ぉ?
「クサカ君も知ってる子よ。生物部のタチバナ君」
ああ、そう、あいつか。
って、なんでタチバナがクラキに花を?
下駄箱に上履きを戻す女子は大事そうに花を持っている。
「なーに? その顔」
「ん? んー……ん?」
誤魔化せていない誤魔化しは自分でも気づいていて、けれどもうそれも誤魔化せないので俺は明後日の方を向く。
まだ、少し突き出た下唇は戻らない。
すると女子が上目に俺を見てきた。
その顔は少しにやついていやがる。
「ふふっ、なーに?」
………………ぬぅぅ。
きっと女子はわかっている。
俺が、妬いてる事。
「……なんでもねぇっす」
「っすか?」
さらににやついた女子は、ずずい、と俺に近づいてきた。
逃げようにも俺は一歩、下駄箱のすのこに上がって、クラスの下駄箱に背中をつけてしまっている。
それでも女子が、じぃっ、とみてくるので、降参。
「ぬぁああああ……嫉妬したですよーだっ」
負けた。
女子はにやつきから、微笑みに変わっていた。
「んふふー、楽しいな」
余裕な女子に俺の下唇はさらに突き出た、ような。
女子も下駄箱に軽く背中をつけて、俺と隣同士に並ぶ。
すすけたピンクの、薔薇とか……。
そういうのは俺が一番にやりたかっ──。
「──私が欲しいって言ったから、そういうんじゃないですよ?」
女子が薔薇の花弁を指でつつきながら言った。
「……あっ、そう?」
「そうですよーだ」
女子は楽しそうで、その顔を見ていた俺の嫉妬は薄れてきた──薄れた! 事にした!
「あと、よろしく的なお花でもあるの」
「ふん?」
「──モデル、頼まれちゃった」
「はぁ? お前がモデル?」
女子の顔が真顔になって、しまった、と思ったけれどもう遅い。
「……何か?」
声のトーンも下がった!
「お、驚いて──」
「──帰る」
「え、ちょっ、途中まで一緒じゃん!」
「お一人でどうぞ」
ああああああ。
女子は早歩きで校舎玄関を出ていく。
その背中を追って、真横についたけれど歩くの早っ。
「ごっ、ごめんって──」
「──タチバナ君は私を綺麗と言ってくれたわ」
は!?
「
うっ……。
「……クサカ君にも言ってほしかったのに」
…………へ?
俺が足を止めた時、女子は、くるり、とターンして思いっきり、ふんっ! と顔を背けた。
わざわざそうしてから、そのまま先に校門を出ていったのだった。
………………俺ってほんと、馬鹿野郎だぁ。
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