第133話 トフィー(前編)

 私は抱き締めるように数冊の本を抱えている。


「──ごめんなさい、クラキ先輩。手伝ってもらっちゃって……」


 隣を歩く生物部の一年生、チョウノさんも同じく本を抱えている。


 放課後、読み終わった本を図書館に返しに行ったところ、兼部している図書部の当番をしていたチョウノさんに会った。

よくよく思い返してみれば何度も図書室の受付で会っていたんだなぁ、と改めて思ったり。


「平気よ。この後予定もなかったしね」


「あ、ありがとうございますっ。ほんとならタチバナ君が取りに来るはずだったんですけれど」


「いいの。一人じゃなくてよかったわね」


 図書室で少し待ってみたものの、チョウノさんがタチバナ君にライーンをしてみても彼は来なかった。

女の一人じゃこの冊数は無理。


「うー……きっと超集中モードに入っちゃってるんだと思います……」


 聞けばタチバナ君は何かを制作し始めると周りが見えなくなって、聞こえなくなるのだとか。

よっ、と私は本を抱え直す。


「夢中ってかっこいいわ」


「はいっ! ──あっ、えっと、その……うー……」


 チョウノさんは真っ赤になって俯いてしまった。

百五十センチもない小さくて可愛いのに、さらに小さくなって可愛くなっている。

微笑ましい反応に私まで少し恥ずかしくなってきた。

小さなチョウノさんと大きなタチバナ君は彼氏彼女同士──恋人同士。


「んふっ、仲良しなのね」


 そう言うとチョウノさんは下から覗いてきた。


「なーに?」


 私達は生物部の部室に続く長い長い階段にさしかかった。

本で足元がよく見えないので横に持って、ゆっくりと上る。


「……先輩達も、仲良しですよね?」


 あら、興味津々の顔をしているわ。


「ええ、おかげ様で──」


 ──余裕を持って言ってやろうと思ったのに、言い切る前に照れてしまった。


「……あは、クラキ先輩可愛いですっ」


 自爆した私は、むぅん、と口を尖らせた。

チョウノさんはノムラさんからちょいちょい私達の話を聞いていたらしい。

先日の差し入れケーキ──ミルフィーユのお礼を今、言ってくれた。

たまに学校の至るところで私を見かけたり、男子に気づいたりしていたそう。


 そんな話をしながら階段の真ん中くらいで私達は腰を下ろした。

小休憩だ。

下を見ると足が竦みそうになるけれど、真っ直ぐみればとても良い景色だ。

今までいた校舎も、広がるグラウントも向こうに見える。

緩い風も髪の毛をくすぐって気持ちがいい。


「ねぇ、チョウノさん」


「何ですか?」


「チョウノさんは好きな人の前ではどういう感じ?」


「たっ、タチバナ君の前でですか? えと……んー……爪先立つまさきだち、してます」


 それは背が低い事が関係しているのか、はたまたタチバナ君の背が高い事が関係しているのか、身長差は四十センチ以上ある。


「どう言ったらいいんだろ……えと」


 チョウノさんは膝の上の本の背表紙をなぞりながら言葉を探す。


「……タチバナ君、凄いんです。私が持ってないもの、いっぱい持ってるんです」


 それは好きなものだったり、一所懸命なものだったり、夢だったり、とチョウノさんは言った。

他にもたくさん、たくさんあるらしい。


 タチバナ君は花が好きで、その知識も凄いと私もノムラさんから聞いた事があった。

喫茶画廊に花で造った作品、アート的なものを飾らせてもらったり、花にまつわる加工などもほとんど、まずはやってみる、と失敗を恐れず精力的に活動していると。


「勝ち負けじゃないんですけれど……こう……んー……」


 ……うん。


「わかる気がするわ」


 男子も似ている気がした。

私にはないものをいっぱい持っていて──いつも、いつの間にか、気づかされる。

けれど私とチョウノさんはすんなりとした素直ではないので、こうしてしまう。


「……突っぱねた言い方をしちゃうと言いますか」


「そですっ、同じですっ。悔しくなっちゃうんですよね……」


「悔しいっていうか、むかつくわ」


「えっ、それは──わからなくはないですけれど困ります」


 私とチョウノさんは似ているところがあるのかしら。


「ふふっ、そうね……、とか」


「思います思います……って、クラキ先輩気づいてます?」


 チョウノさんは両手で頬を挟んだまま、私に顔を向けた。


「……私達、いつの間にか惚気のろけてます」


 ……わお。

本当にいつの間に。

それにこれじゃ本当に──。


「──ちっ!!」


「えっ、おっきい舌打ち……あ、照れ隠し! ──」


「──はいチョウノさん立って。行くわよ」


 すぐさま立ち上がった私はまた階段を上るのだった。


 やっぱり、私ばっかり好きみたいで、悔しいわ。

むぅん。

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