第112話 シフォンケーキ(後編)

 ここは私のお気に入り。

たまたま見つけた喫茶店で、静かで、小さなお店だ。

椅子は全て一人掛けのソファー、テーブルはやや楕円形。

今日はあまり陽が出ていないけれど、窓際の席に私達は座った。


 対面の男子は目だけをきょろきょろ、とさせて座っている。


「落ち着かない?」


「んや……初めてんとこは気になんの」


 二脚しかないカウンターの端には煙草を楽しむご老体がひとり──お客は私達を含めて三人。


「いいな、ここ」


「意外」


「何だよ、似合わないってか?」


「はっきり言えばね」


 また、新しい発見。


「クラキは──似合うな」


「そう?」


「うん」


 伏し目がちに答えた男子は氷水を飲んでいる。

また、新しい発見。

新鮮な気持ちが私の中に、出た。

対面で男子を見るのは初めてじゃないのに、どこを見ていいか、迷う。


「……色々買っちゃったわね」


「だな。合宿のー、とか言いつつ他のもんばっか目移りした。それに結構歩いたし良い休憩だー」


「お腹も空いてきたし?」


 お前もだろ? とすかさずつっこまれてしまった。

ご名答、ここのシフォンケーキのためにお昼は軽めにしてきたから。


 それとちょっと緊張で、というのは黙っておきましょう。


 ※


 喫茶店のマスターさんは笑顔が素敵で、緩い陽だまりみたいな人。

背が、すらっ、と高くてお客のご老体と年は近いと思う。


「──三度目のお嬢さんはストレートのアイスティー」


「え、覚えて──」


「──もちろん。可愛らしいお客様は常連よりも早くに覚えますよ」


 注文した飲み物とシフォンケーキが私達の席に置かれていく。


「青年は初めてだね、いらっしゃい」


「ど、ども」


 どもるように男子は頭を下げる。

緊張しているのか体を縮こまらせていて、そんな男子にマスターさんが何か耳打ちを始めた。


「…………うるせー爺さんだなぁ」


 やや怒っていて顔が赤くなってきている。

何を言われたのやら。


「ふっふっふっ、先輩と呼んでほしいねぇ。まだまだ現役だしなぁ」


 現役? マスターはマスターよね?


 首を傾げると男子は、何でもない、というように顔を顰めて置かれたミルクティーに目を落とす。


「オリーブオイルはご自由に」


 楽しんで、と言ってマスターさんはカウンター内へと戻っていく。

テーブルにはそれぞれの色の冷たい紅茶、カットされた長方形のシフォンケーキ。

真っ白の生クリームと淡い黄色のカスタードが添えられている。


「オリーブオイルっつった?」


「ええ、かけても美味しいのよ」


 ガラスのミニミルクポットに入ったオリーブオイルは日向の色みたいに艶めいている。


「まずはそのままで──」


「──味変あじへんは後、な」


 お互いフォークを持って、いただきます。


 ふんわり、と沈んで切れるとまた、ふんわり、と戻るその一口目に生クリームとカスタードをちょい付けして。


「うんまー……俺が今まで食ったシフォンケーキのランキング一位に躍り出た」


「あはっ、そんなに?」


「あの爺さんが作ったのを考えなければな」


「何を言われたの?」


 男子は、ちゅるー、とストローからアイスミルクティーを飲みながら私を正面に見ていて、内緒、と言った。

何だろうと思ったけれど、今はシフォンケーキが先。

オリーブオイルをお皿の端に少し垂らせて、次の一口につけて──はい、美味し。

少しのまったり感と落ち着いた味になった感じ。

しっとり、もややプラス。

けれど不思議とこの、ふんわり感、はそのまんま──。


「──不思議な事言うけど、笑うなよ?」


 突然、男子がそう切り出した。

かちゃかちゃ、とフォークで次の一口を作っていて、ワタシを見ていない。

私はアイスティーを飲みながら少し待った。

不思議って、なぞなぞでも出すのかしら、と思ったら、こう聞こえた。


「……今日の格好、か、可愛いと、思うます、です」


 ………………わお。

何これ、サプライズ? と思ったらマスターさんと目が合って、外国人ばりのウインクをされた。

仕掛けたのはどうやらこの人、耳打ちはこの事で。


「……あ、ありがと、ございます、です」


 私まで変な言葉使いになってしまった。


 何よもう……ふわふわ、するわ。


 と、私は嬉しくてにやける顔を持ったアイスティーで隠すのだった。

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