第111話 シフォンケーキ(前編)
日曜日はあいにくの曇り。
けれど雨が来なきゃいいな、なんて考える暇もないほどに楽しい──ようなものを俺は感じている。
「──うーん、白もいいけれどやっぱり黒かなぁ」
「んだな。墨で汚れたりとかあるんだろ?」
「そうね、いつの間にかついてたり」
「じゃ、黒」
俺が言うと女子は黒のティーシャツを体に当てて見せてきた。
ショキングピンクのハートがプリントされていて、ツギハギみたいな線もあって、女子のイメージからすると、派手? っていうか、お、って感じなのだけれど、うん──。
「──いーんじゃん?」
「んふっ、ありがと。じゃあこれにするー」
うん……うーん! ね!? こうですよ! 今日こんなんばっか! にやけるんですけれどね! 我慢してるんすよ! 我慢しなくていいもんなんですかね!?
とある洋服屋の天井を見上げつつ俺は平然を装いながら、もんもん、と悶絶する。
ここは学校がある街の隣の隣の隣の街で、今は最後の買い物中でティーシャツを買ったところだ。
何度か来た事がある店だけれど女子は初めてで──俺も欲しくなってきた。
合宿中は学校内ならジャージだけれど中のティーシャツは自由なのだ。
近くにあるティーシャツの棚を物色する。
黒は結構持ってるし……白? 新調すっかなぁ──。
「──それも可愛い」
会計を済ませた女子が戻ってきた。
今まで購入したものもまとめてくれたのか、大きな紙袋一つを肩から下げている。
俺が手に取ったのは白のティーシャツで襟ぐりがちょっと広くて、女子が買ったやつの別バージョンと思われる。
裾の脇腹あたりに大きめの星のプリントに、ツギハギみたいな線がある。
持っている七分丈のシャツと重ねて着るか──と考えていたら女子がこう言った。
「ちょっとお揃いみたいでいいな、とか言ってみたりして」
お、おそろ!?
「なっ──お前、そういうの興味──」
「──ないと言ったら嘘になるわ。大っぴらにペアですー、っていうのはちょっとあれだけれど……合宿の間だけでもやってみたいなぁ、って思ったり……駄目?」
やや上目遣いで聞く女子は恥ずかしそうで、俺も恥ずかしい。
けれどこういうのが多分、甘やかすってやつだと思うので、俺は決めた。
「い……いいけど」
すると女子の顔は晴れて──。
「えへ、やったぁ」
──と、呟いた。
……甘やかされてんの、俺じゃね?
※
俺も女子と同じように大きめの紙袋に荷物を一つにまとめてもらって肩から下げている。
相変わらず外は曇りで、どんどん人通りが少なくなってきた。
「なぁ、こっちに何かあんの?」
店が並んでいた通りから裏路地みたいな方へと案内する女子は、俺の少し前を歩いている。
細い道だからやや前後に歩いた方がいいのはいい。
「お気に入りの喫茶店があるの」
「へー……俺、こっちの方来たの初めてだ」
「私も最初はどうかと思ったのだけれど、入り組んだ細い道をじぐざぐに進むなんてちょっと冒険みたいで楽しくない?」
「楽しいっていうより、怖くね?」
「それが冒険の醍醐味よ」
なるほど、と俺は苦笑いする。
確かにちょっとした、わくわく感、はある。
女子が案内してくれているけれど、知らないところを知るのは妙に興奮する。
……ん? 何か──。
「──っと。ご、ごめんっ」
いきなり止まった女子にぶつかってしまって、肩を掴んでしまった。
「前から人」
ああ、と端にずれて通り過ぎるのを待つ。
「狭いから気をつけて」
「ん」
「もう少しで着くわ。ねぇ、覚えてる?」
「どれ?」
また歩き出した女子は少しだけ振り向きつつ微笑んでいて俺は、何だ? とやや首を傾げながらついていく。
「トランプした時よ」
腕組みをして考える。
夏休み前に──思い出した、俺が映画に誘った日だ。
トランプのゲーム、ジジ抜きをして俺が勝って、映画に行った。
その時女子が勝ったら、と言っていた──。
「──シフォンケーキか」
「ふふっ、ご名答」
「こんなとこに買いに行かせるとか、ほんとに罰ゲームだったんじゃねぇか。俺がマジで行ってたら迷子確定で助け呼んでたかも」
「あは、あの時はクサカ君が勝ったんだからよかったじゃない」
まぁよかったですけれど、と肩を竦めると──。
「──私のお気に入りの場所、クサカ君に知ってほしかったの。だから今日、一緒に来れて嬉しいわ」
と、いつもより少し背が高い女子は、後ろ向きに歩きながら微笑むのだった。
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