第105話 ミルフィーユ(前編)
「──すいません。俺の分まで」
そう言いながらも、てきぱき、とお茶の準備をするのは生物部の背が高い一年生のタチバナ君。
私は先日の、なんやかんや、のお礼とお詫びの品を持っている。
「謝るのは私の方だわ。この前は突然お邪魔したりしてごめんなさい」
いえいえ、いえいえ、と私とタチバナ君は謝り通しだ。
タチバナ君のような礼儀正しく謙虚な後輩もいるのね、なんてどこかの後輩と比べたりして──いえいえ、カトー君も色々と、そう、ごめんなさいじゃない。
「──ありがとう、タチバナ君。ノムラさんも」
私は今、旧校舎の生物部の部室にお邪魔している。
外は雨で、ここに来るまでに靴下は、ぐっしょりと濡れてしまったために早々に裸足だ。
そして長い長い階段を上がってきたために息もまだ上がっている。
ついでに二人も息は上がっていないものの、私同様に裸足でいた。
「なんのなんの。別にいいのに、律儀だねー」
「ううん。私も食べたかったの」
「あっは! クラキさんらしい! ま、一人より二人以上で食べる方が美味しいよねー」
ノムラさんはテーブルを拭きながら腕で、ざざざ、と部活の道具らしき物達を端に寄せて準備している。
非常に雑な片付けから空いたテーブルに持ってきた箱を乗せた。
少し濡れてしまったけれど中は無事でしょう。
「コセガワ君とチョウノさんは?」
生物部は四人、プラス私で計五個持ってきたのだけれど、マイナス二人。
「コウタロウはパソコン室ー。チラシ作ってもらってんのー」
「チョウノは兼部の図書部の当番で後から来ます」
ふむ、タイミングが悪かったかしら。
そう思ったら二人は気にした様子もなくタチバナ君はもうお茶を用意してきた。
冷たい緑茶のようで、綺麗な緑色が氷の中で泳いでいる。
「大丈夫っすよ。コウさんとチョウノが来たら二人で食わせますんで」
「そう? じゃあどうぞ。お口に合いますように」
私は箱を開けた。
中には、私がお気に入りとしている洋菓子店の苺のミルフィーユだ。
保健室の冷蔵庫に保管してもらっていたので鮮度は大丈夫。
お皿に乗せて、フォークは三人とも持った。
ではでは。
「いただきまーっす」
「いただきます」
「召し上がれ」
と言ったものの、二人はフォークをどう突き刺そうか迷っているようで止まっていた。
「……倒したいんだけど、倒したくないような」
「わかります。倒しにくいです」
可愛い敵、みたいな言い方にちょっと笑ってしまった。
けれど私は躊躇なく、てい、と横に倒して早々にフォークを入れてみせる。
二人して、ああああ、と驚いてから、しょんぼり、な顔をするのでそれにも笑ってしまった。
ミルフィーユの上に苺の装いはない。
そのまま少し強めにフォークを入れていく。
さくっ、としているようで、ざくっ、と入る感触が楽しい。
おっと、苺が逃げた。
カスタードと一緒にフォークに乗せて、一口目。
固いの、やわいの、甘いの、酸っぱいのが──。
「──先輩、美味そうに食いますね」
タチバナ君がそう言って、ノムラさんもミルフィーユを一口。
「うんま、やば、ありがとーっ!」
お礼も一緒だなんて、嬉しいなぁ。
※
……というのも、話が弾んでいくにつれて状況は一変した。
私と男子の話になったからである。
「あっはっはっは! 面白いねーアンタ達って!」
「面白いのは認めるわ。だって面白いって、楽しい、と同じでしょ?」
「だからってクサカにとっては試練じゃん? どんな顔して考えてんだかなー」
タチバナ君を見ると神妙な面持ちで何か言いたげ。
「何か?」
「……先輩トーク怖ぇなー、と思いまして」
それは女の子トークとも言うのでは、と思った時、ノムラさんが悪戯な笑みを浮かべた。
「それじゃあここで、タチバナちゃんに質問のコーナー!」
「は? ノッさん何て?」
「まぁまぁまぁまぁ、悩める先輩に男の子のあれそれを伝授してやりましょーっていうお喋りのネタよー。はい、こっちに移動してー」
ノムラさんの左隣にタチバナ君、その対面に私が座っていたのだけれど、タチバナ君を挟むように座って、と指示された。
逃げられないように、って事のようで。
面白そうなので私も悪ノリしてみる。
遠くで見てもそうだけれど、近くで見てもタチバナ君って背も体も大きい。
父さんより細くて若いって感じ。
「タチバナちゃんとチョウノちゃんって彼氏彼女だからさ、そういう話、聞きたくない? ってアタシも聞いた事ないから良い機会到来って事でー」
それはそれは。
私も実体験の
いそいそ、とお茶とミルフィーユを自分の前に移動させて、準備完了。
「是が非でも聞きたいわ。タチバナ君、どうぞよろしく」
「……怖ぁー……」
教えを請いたいわ、と私とノムラさんは挟んだタチバナ君に、ふふふふふっ、と不敵な笑みを向けるのだった。
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