第49話 カステラ(前編)

 おー……どっこもかしこも文化祭準備ですなぁ……。


「──おかえりなさい」


 教室に着く前に、廊下側の窓から女子が顔を出してそう言った。


「ただいま。ほい、今日のです」


 今日の飲み物はパックの麦茶。

そして今日のお菓子は──。


「──はい、今日のよ」


 女子はバッグから一袋ずつ小分けにされているカステラを机に出した。

普通の味と、チョコ味のと一つずつ。


「じゃあ始めましょうか」


「はいよー」


「いただきます」


 そっちかい、と俺も倣ってカステラの袋を破いて一口食べつつ、台本を開く。

今日の昼休みに脚本担当のクラスメイトが書き上げた劇──白雪姫の台本だ。


 お、ふんわふんわ、しっとりのカステラだぁ。

この甘いのは蜂蜜かね?


「定番のハッピーエンドなお話を少し変えてるのね。この台詞面白い」


 ならその真顔に少し変化をつけていただきたい。


 女子が指を差していたところを俺も読んでみる。

それはきさきの台詞。


「──私が一番美しい女なのよー、あーっはっはっはっはっ、おーっほっほっほっ、あーっはっはっはっはっ、ごほごほ、ひゃっはー」


 いや、うん。

めっちゃドヤ顔で高笑い、って括弧してあるし、長くてむせる、とかのもあって面白いは面白いんだけどクラキの棒読みに持ってかれてだなぁ?


「何よその顔。頑張ったのに」


 嘘つけぇ!


 俺は気を取り直して黙読していく。


 ……この妃、めっちゃぶっとんでんなぁ。


「あはっ、私好きだわ。この脚本」


 女子がストローを咥えたまま笑っている。


 まぁ面白いっちゃ面白い。

コメディ要素が強過ぎな気もするけれど、このクラスの劇って感じがするしそれは良い事だ。

今日は台本読みと、それぞれの担当ごとの話し合いをしている。

もうそれぞれの役で台詞を読み合ったりしているのが聞こえた。


 っていうか妃役が──。


「──あーっはっはっはっはっ! 愚かな小娘が、ざまぁ! あーっはっはっはっはっ! ……とかで大丈夫?」


 なんと、コセガワ副委員長だ。

聞こえたクラスメイト達が笑っていて、俺も苦笑いだ。

普段の大人しめな優等生ぶりからは想像出来ないほどになりきっていて、ギャップ? が凄い、みたいな。


「ふふっ、楽しそ」


 それは良い事なんだけど、さ……。


 劇の役はそれぞれ立候補、そしてクジ引きで決めた。

それで妃役が何故か男のクジ箱に入ってしまっていて、そのままノリで決まったというわけで。

七人の小人は全員男になったけれど、これも何故か全員背が高いのが選ばれるという、大きな小人っていう感じだ。


「──へーい、台本の感想聞かせてー」


 ノムラが丸めた台本で肩を叩きながら、同じく麦茶を飲みながら俺の机に、ひょいっ、と座ってきた。


「いーんじゃん?」


 そう言うとノムラはもう一人、女子をじっ、と見つめて待った。

ばちーん、としたメイクした黒い目元はちょっと迫力がある。


「私もいいと思うわ。台詞回しも面白いし、皆の役もそれぞれの個性と特徴を混ぜているみたいだし」


 この脚本を担当したのは図書部の奴、そしてノムラも少し手伝ったという話だった。


「さっすがー。よく本読んでるとこ見るし、やっぱ見る目あんねー」


「いいえ、ノムラさんの目がいいのよ。よく見てるのね、皆の事」


「ま、ちょっと似てる方がやりやすいとかあるじゃん? って思ってさ。楽しー方が好きだし。だから嫌なとこあったらどんどん言ってよー?」


「俺は今のとこ無し」


「私も無いわ。ノムラさんこそ引き受けてる事多いんだから頼ってね? 


 そりゃ寝耳に水なんだが、と俺はため息をついて呆れると、女子は悪戯に微笑んだ。

反対側には、にやぁ、と笑うノムラ。

挟まれる、俺。


 どの世界も女の子って怖ぇなぁ……。


「そん時はクサカ、頼むわ。で、流れとかどうよ? つかめた?」


「あー、多分? これから練習見て、から探す。せっかくだから凝りたいし」


 やるからには、楽しく。

そうするためには自分も楽しくなきゃ、っつー事で。


はクサカ一人なんだから、それこそ頼んなよー。


 またも、にやぁ、と笑うノムラは、えぇ、と困り顔の女子を見て言うのだった。


 それは……あざっす、とか、思ったり?

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