第41話 アイスボックスクッキー(前編)
放課後の教室の窓際、一番後ろの俺の席の一つ前の席に女子が座っている。
壁に背をつけて、ちょうど教室の後ろの扉を向くように。
久しぶりのその光景を俺は扉から見ていた。
「──おかえりなさい。部活は終わったの?」
本を読んでいた女子が夏休み前と同じように、いつものように言った。
ほんとに、いつもの
「どうしたの?」
「いや、何でもない。ただいま」
「やっぱりどの部活も学期初めは集まるわよね。私もついさっき帰ってきたところよ」
「お疲れ」
俺は自分の席に着いて、ふーっ、と息もついた。
「お疲れ様。それで──」
「──ほい、買ってきた」
すでに用意されている女子が持ってきた今日のお菓子の隣に俺は缶珈琲を二つ、かこがこ、と机に置く。
無糖と微糖が一缶ずつ。
「クッキー?」
「アイスボックスクッキーよ。はい、ウェットティッシュ」
ああ、久しぶり。
夏休みを挟んでも変わらない、いつものように俺らのこれが並べられていく。
「いただきまー」
「召し上がれ」
プレーンとココアの市松模様の四角形のクッキーと、ぐるぐる渦巻きの丸いクッキーだ。
シンプルな、ザ・クッキーというやつ。
「って、どっちにするか聞けよ」
すでに女子は無糖の缶珈琲を開けていた。
「無糖がよかった?」
「微糖で、いいけど」
口を尖らせて答えると女子は、ふふっ、笑って、でしょうね、と市松模様のクッキーを齧った。
俺はぐるぐる渦巻きのクッキーを食べる。
厚みがあるせいか、さくんっ、とした歯応えも美味しい。
かちん、とプルタブを開けてやや苦くてやや甘いを口に含む。
一気に喉を通して、一息。
……やばい。
会話止まった。
どういう話、してたっけ?
久しぶりで、何か──。
「──ねぇ、そういえばだけれど」
「ん!?」
「わ、何? 大きな声」
「ご、ごめん。ちょっと考え事、してて」
「それは邪魔したわね」
邪魔じゃない。
何で俺、嘘なんかついてんだろう。
「いや……いーよ。何?」
「漫画本、持ってきてくれたかしらと思って」
あ。
「その顔は忘れたわね?」
映画に行った日、原作の少女漫画を貸し借りする約束をしていた。
「お祭りの帰りにも言ったのに」
珈琲を飲んでいた俺の喉が、ぐっ、と詰まった。
「ちょっと、大丈夫?」
ごほげほ、と咳き込んだ俺は何とか耐えて大丈夫じゃないけれど、大丈夫、と手で示す。
あの祭りの後──あの、後、俺は嘘をついたままにした。
女子からゆっくり手を離して、虫どっか行ったって、言った。
またアメを舐めて、食べていて、近くにあった毬型の提灯がぼんたり灯っていたのを憶えている。
何を話したのかは薄っすら──ぼんやり、としか覚えていなくて──。
「──大丈夫よ?」
天井を見上げていた俺に女子は言った。
女子は膝に乗せている本のページを捲る。
「いや、ごめん。待ってたよな?」
「ええ」
「なのに──」
「──焦らなくていいの。楽しいまでの時間が長くなっただけだもの」
楽しい?
「待たせてんのに?」
「なーに? 待ってるのも楽しいの一つよ?」
「俺はすぐにでも読みてぇってなるけど」
例えば目の前にお菓子があったらすぐに食べたいとか。
「私、クサカ君を待ってたわよ? 開けるの我慢して、飲み物を待ち遠しく待ってて。で、今──」
──ほら、楽しい味でしょ? と女子は、さくん、とクッキーを食べた。
美味しい、と笑っている。
俺と一緒にこうやっているのを楽しい、とまた、言ってくれている。
夏休みと何ら変わりなく、いつも通りを楽しんでいる。
「……そっか」
「ふふっ、変なの。夏休み病かしら?」
五月病みたいに言うなよ、と俺はくるくる渦巻きのクッキーを食べた。
そして、決めた。
気づいてないなら……もうちょっとだけ。
少し時間を置いて、それから、美味しくなるまで。
ちゃんと言う時まで──楽しみってやつを味わわせてくれ、と。
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