第37話 アメ(前編)
「──嘘ぉ……」
「……人の顔を見て、嘘ぉ、なんて言われる筋合いはこれっぽっちもないのだけれど」
私は出店のお面屋の前で、文字通りお面を選んでいて、ちょうど頭につけてみようかとしている時だった。
「何か?」
「……一人?」
「ええ」
「何でお祭りに一人──」
と、私はお面を顔に、目に合わせて覗いた。
「──それはあなたもでしょう? ミッコちゃん」
変わった浴衣を着ているミッコちゃんは手にかき氷のカップを持っていて、私のそばに立っている。
そんなに驚く事かしら、と首を傾げた。
「変な顔」
「なっ! そっちこそ、何そのお面──ちょっと可愛い、じゃん」
「ふふっ、どの子がいいかしら」
鼻のところまでの半分の狐のお面は少し変わっていて、私の興味を惹いた。
口元は見えるので外国の目元だけの仮面みたいだけれど、日本風のデザインチックな狐のお面は数種類違いがある。
「あたしなら……これ、かな」
と、ミッコちゃんが選んだのは白い顔に濃い青色と銀色の模様と黒色の化粧で、きりっ、とした印象の狐のお面だった。
可愛いよりもかっこいいという感じ。
「ミッコちゃんらしいわね」
「え?」
何故かミッコちゃんは驚いた。
「ピンクとかって、言われるかと」
「どうして? 自分の似合う色を知ってるって素敵な事だと思うけれど」
私が持っているお面はちょうど桃色と銀色の子で、目と耳のところに花の模様があって可愛らしい感じだ。
けれど、これじゃない感。
「……あのさ、この前の事なんだ、けど」
「ん? ──あ、これ」
私は上の方にあったお面を背伸びして取った。
「どうかしら?」
白い顔に濃い朱色と金色の模様、黒色の化粧でやっぱり、きりっ、とした印象のお面だ。
それを顔の、額の横辺りに傾けた私はミッコちゃんに聞いてみた。
「……うん、あんたっぽい」
「ピンクとかって言われると思った」
ふざけて同じく言い返してみたら、ミッコちゃんは少しだけ、むっ、として、けれどすぐに息をついてこう言った。
「──この前、ごめん。あたし、すっごく嫌な感じだったよね」
ああ、あれ。
「ええ。かちんときた」
正直に言う。
「でも、いいの。私もそういうところ、ほんのちょっぴりあったと思うから」
「ううん、あたしが悪い──」
「──どっちも悪かった、で、いいんじゃない? めんどくさいわ」
そう言うとミッコちゃんは、あはっ、と笑い出した。
可笑しそうに、面白そうに笑っている。
私の首はまた傾げてしまった。
「あんたって、変だね」
むっ。
「ミッコちゃんに言われたくないわ」
「面白いって意味だけどー?」
面白い? 私が?
「わかんないならいーや。あたしもお面買お。あんたとの──その、仲直りの品的な。あと、ちょっとあったから……顔、隠したい気分」
最初から気づいていたけれど、ミッコちゃんの目は少し赤かった。
もしかしたら泣いた? なんて聞かない。
だって私も──。
「──クサカ、お祭りに来てるよ」
え? クサカ君?
「そうなの?」
「うん。っていうか何で目、赤いの?」
ばれていた。
どう言おうか、えーと──。
「──恋じゃない恋が、終わったからよ」
恋じゃなかった。
けれど、失恋な気分。
「……あたしは終わった。恋っぽいやつ。あんた──ううん、やっぱ言ーわない」
ん?
「多分違うやつをお仕舞にしたんだね、あたし達」
「多分、そうみたいね。奇遇な事に」
奇遇な事に、とミッコちゃんは笑った。
狐のお面みたいに、目を細めて笑っている。
多分、それが本当の顔。
それからミッコちゃんはお面をつけたまま、帰ったのだった。
クサカ君の、居場所を教えてから。
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