第7話
「なにしてんの?」
小刻みに震えた蒼の声が耳に入った。蒼は、怒りと困惑で震えている。今まで見たことのない姿だった。
部屋には、時計のカチカチという音と、私と蒼の荒い息の音しか聞こえない。妙な沈黙は私を現実に引きずり戻した。この空間がいつもと変わらない日常の部屋、なんでもない、ただの夜に戻りつつあった。
「蒼、おかえりなさい!今ね、ちょっと掃除に入ったら変なものが出してあったから片付けようと思ってはいったの。ごめんね」
「あの…」
「いま、夕食の準備するから、待ってて」
「あのさ!」
蒼が声を張り上げた。
「待っててって…菜音、菜音が待て。今、どういう状況なのか説明してよ」
「説明もなにもないってー」
私は無理やり明るい声を出した。私がこの部屋に勝手な好奇心で入ったと知られたら困るし、入った理由を聞かれたらなお、困る話だ。
私は正気を取り戻しつつあった。
「説明して。なんでそんなところひらいたの?」
「なんでもなにもないよー。ほら、物がはみ出てたから直しただけ」
ベットの下の引き出しをぐっと押して、もとの位置に戻してみせた。
「いや、そんなことあるはずない。そこは引っ越し以来ずっと開いてないんだから」
「ほんとだよ~」
蒼の返事を聞く前にリビングに向かおうと、蒼いの隣を通り過ぎたとき、グッと手をつかまれた。
「なに?痛いよ、蒼」
「ごめんだけど…。答えてくれるまではなさないから。俺の部屋に入ったはいいとしても、さっきまでなんで泣いてたのか知りたい」
「それは」
「戻すだけなら、泣くことなんてないよね?もしかして、中身みたの?」
蒼はきつく私をといつめた。
「どうなの?ちゃんと答えてよ!質問に答えてよ、菜音。ねえってば」
「いたいって!」
蒼は私の手を強く払いのけた。
「蒼が変なこというからでしょ!」
喉の奥でせき止めていたものがあふれ出てきた。
私は洗いざらいすべて話した。私は、蒼の性的な満足を与えるためだけに選ばれたんじゃないかって。
「それはない。ただ、快感を求めるだけじゃないんだよ。好きな人なら、触れたくなるじゃん?それが、どんどん激しく求めるようになっていった先が、それだと思う。好きってことを伝えるため、ってことだと思うよ、俺は。」
言い終わると、蒼は私の目ををまっすぐみつめ、つづけた。
「菜音の事が愛おしく思うからこそ、そういうことしたいと思った。それで、、あんなことをいった。不安にさせてごめん。菜音は、、結婚前に営みとか嫌いっていってたから、つい、百戦錬磨なのかと思って」
はじめは、あんなにまっすぐだった視線も話の終わりになるにつれてどんどん弱弱しくなっていき、もう、塩をかけられた青菜にしかみえないくらいだった。
「もういいよ蒼。私が勝手に勘違いしただけだから。もういいよ」
蒼の頭を掴み、顔を上げさせた。以外と美形だなあ、なんてしみじみと思ってしまう。
この人は私にまっすぐに好意をつたえてくれた。私を好きだと言ってくれた。
「本当に?」
蒼の曇っていた表情がパッと明るくなった。
「うん、もう大丈夫だから」
蒼の手のひらに、手を重ねた。あたたかさが心地いい。
「あのさ…ふたりの夜は、菜音の心の準備ができてからにしよっか」
「ううん」
私はとっさに答えた。今日が、いい気がした。占いとか、そういう助言すらないけど、直感で決めた。
「えっ?なんで…?」
なんでか、私にもわからないけど。
「蒼がいいなら、今日にしよう」
月がくっきりとみえる。まだ、夜は始まったばかりだ。
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