第6話

 『初夜がたのしみだね』

 

 そう言われてから3日がたった。正直な話、「実は経験がないんです!」と、打ち明けてしまいたかったが、残業で蒼が遅く帰ってくることが多かったため、そんなことを話す暇なんてものは存在しなかった。

 ただ、今日はその宣言から、初めて迎える週末。私は今日、明日中には蒼からそういうお誘いが来るのだろうと踏んでいる。心の準備ができていないという問題もあるが、それ以上に問題なのは私はもう30を目の前にした大の大人だいのおとななのに、営みのカラクリすら知らないということだ!恥ずかしくて消えたいくらいだが仕方ない。蒼との営みに備える方法は、そう、夜のいろいろを真剣に学ぶ。これだけなのだ。


 しかし、学び方がわからない。みんなどうやって学ぶんだろう。そういうことに一切の関心を示さなかった私は教わる機会などなかったのだ。やっぱり親に教えてもらうとか、漫画とか雑誌…?


 雑誌!そういう選択もあるのか。私はふと思い立って蒼の部屋に忍び込んだ。

             

 もしかしたら、蒼もそういう雑誌や、ビデオを1つくらい持っているかもしれない。蒼が帰ってくる時間が迫っていたので急いで本棚、机、クローゼットの中をみっちり調べ上げた。が、しかし、それらしきものは1つも出てこなかった。


 ただ、怪しい場所はまだ残っている。ベッドの下の引き出し。何度も乱暴に開け閉めされたのか細かいキズ跡が無数に残っている。

 触ってはいけない魔物のような雰囲気を身に纏っている引き出しだが、ここまできたら開けるしかない。


「よし!開けるぞ!」


 大声で自分にカツを入れ、引き出しをぐっと引いた。ガガガッガラッという大きな音がして開き、気になるその中には――大量のガラクタとやけに表紙が湿った雑誌類が入っていた。


「これ、なのかな」


 私は一番手前にあった、びっくりするくらい胸のあたりが強調されている女性の水着姿が表紙の薄っぺらい雑誌をとった。表紙だけで私は満足だったが、好奇心に駆られて中を少しだけ見てみたが、あまりに露骨な表現が多く、私は気分が悪くなった。私は何も知らないおこちゃまだからこんな風に感じたのだろうか。なんでも知っている大人はこんな風に思はないのだろうか。 


 普通の男性はこういう雑誌で覚えていくんだ。いつもニュースとかで痴漢の事件なんかを目にするからだろか。なぜか心の底から納得した。夜の営みは、こんな雑誌みたいにいやらしいものとして覚えていくんだ。信じたくないけど、悲しいくらい現実的だった。


 無知な私もさすがに夜の営みは子孫を残すためだということは何となく知っていた。子孫繁栄のためだけにするのなら、避妊の必要なんてないからそういうものはいらないじゃん、と自己完結していたが、この雑誌でわかった。子孫繁栄なんて理由の一つでしかない。すべては、男の人の快感のためなんだ。私は、ただの蒼を喜ばせるための道具として選ばれたんだ。そして、蒼は、快感を得るためだけに私にあんなことを言ったんだ。


 鼻の頭に熱がこもった。蒼が私のことが好きなんて言うのも嘘に覚えてきた。目頭から生暖かい液体がこぼれてきた。早く止まってほしいのにとまらない。涙なんて大嫌いなのに。ふわふわとした頭の中で、正気を取り戻し始めた私は、涙で蒼のシーツを汚したら、かってに部屋に入ったことがばれてしまうというなんとも現実的なことに気が付いた。ティッシュを取りに行こうとふらふらとたちあがり、ドアに向かうと、そこには呆然と立ち尽くした蒼がいた。


「菜音、どうしたの?これ、どういう状況か説明してくれる?」


 

 

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