第一章 これくらいは変態じゃない……よね?⑥

しろさきじゆん


 今日はゴールデンウィーク最終日。バーベキュー翌日のことである。

 昨日はしやべった。ひさりに男だけで熱い議論を重ねた。片付けを終えた後は、じんぐうのリビングに移った。大人二人は改めて酒をえ、僕はバーベキューで余った二リットルのペットボトルをはしから片付ける役にてつした。全く、バーベキューで飲み物が余らなくなる計算式を作れば、フィールズ賞がもらえるんじゃないだろうか。

 最初はせんとうの話をしていた。そこから水上機の話になって、気付けばかんていの話になった。

 しかし、だいいが回った大人たちは、困った事に……非常に困った事に、僕に向かって「じゆんおりと付き合う気は無いのか?」などといてきたのだ。うのていっぱらいのきつもんかわし、あれこれと話題を変え、何だかんだでお開きになったのは深夜一時だった。それからった父さんを家に連れて帰り、僕はシャワーを浴びてとこについた。映画や小説にれる元気なんてじんもなかった。それでもいつもに比べれば、十分に早いしゆうしんこくだ。

 おかげで、おりが訪ねて来るころには、目が覚めていた。

じゆん君はなにゆえに座っているのかね?」

 ベッドの上で本を読むおりが、活字から目をはなさずに言った。

 おりころんでいるのは、僕のベッドだ。つまるところ、ここは僕の部屋である。

 ちょうど胸の辺りにまくらを入れ、うつぶせになって本を読んでいる。じやつかんはだけたTシャツのすそからはおなかのぞき、ショートパンツというかホットパンツからびるもっちりとしたにくわくてきあしは、アンクルソックスのみ。

 ……ちょっと性的すぎないか?

 その胸の下に押し込んだまくらで今日もるんだぞ。高さ調節に使いやがって。しかも、パンツがデニムじゃなくてチノクロスだから、その……すそがちょっとゆったりしていて、下着が見えそう──いや、やめよう。考えるな。別におりはそういうつもりであんなかつこうをしている訳じゃないんだ。あいつの部屋着なんてあんなもんだ。今に始まったことじゃない。そこに意図なんてない。しつこく頭にかんでくる未必の故意という言葉を、くつきような意志ではらう。

 ひとまず、おりが読んでいる本に意識を向けよう。

 タイトルはさっきがえりを打った際にちらっと見えた。ふるかわの『ベルカ、えないのか』だ。作家の名前は知っているが、読んだことは無い。

 以前、おりにどういう基準で本を選ぶのか聞いたことがある。

 おりは「その日の気分にがつした語感」と答えた。

 僕は何となくつながりを求めるタイプだ。だから、その時期によってけいこうがある。特定の作家を追いかけるとか、文学賞つながりとか、レーベルとか、映画原作とかそういうたぐいだ。関連性を広げていきたいタイプと言えばいだろうか。

 おそらく、多くの人は僕と同じタイプだろう。何かしらのけがあると思う。だが、おりにはどうやらそれが無いらしい。好きな作品のけいこうはあるが、本にしろ、映画にしろ、選定基準が僕にはいまいち分からない。だから僕は、いつまでっても追い付けない。

 その日の気分とやらは、おりにしか分からないから当然か。

 だから、図書館や本屋でおりと同じ本を手に取ろうとして──なんてことは一度だってないし、『耳をすませば』みたいなこともない。もっとも、借りた人の名前が書いてあるブックカードなんて、話の中でしか見たことないけど。

「僕のベッドをおりせんりようしているからだろ?」

じゆん君はおもしろいことを言うね。えんりよせずこっちに来ればいいのだよ」

 おりかべの方に寄って、スペースをあけ、手でぽんぽんととんたたいた。

 それってつまり、横にろってこと?

 確かにおりはそういうことを気にせず、平気で出来るタイプだけど、それはためらうぞ。

 おりはつこいの相手で、今は僕の彼女で──

 この状態ですらめちゃめちゃ意識しているっていうのに、いきなりそれは無理がある。

 どうしたものかとこんわくしていると、おりが「はよせい」と強めに言うので、言われるがままベッドにこしを下ろして、あおけになった。せまいベッドに二人でころぶ。ひだりひじおりのおなかれる。じんわりと熱が伝わって来て、僕はいやおうでも、となりの女の子のことを意識してしまう。

 もちろん、おりの方を向くなんて芸当は出来ない。そんなゆうはない。

 そういうことをナチュラルに出来る人は、どんな精神構造をしているのか教えて欲しい。

 となりころぶ女の子のことから意識をらすため、左手を引き寄せて、おりさわらないようにスマホをかかげ、『ベルカ、えないのか』と入力して、あらすじや評判を調べる。

 もちろん、おりに見られないように。

 そうやってスマホをながめることで気はまぎれたが、早くもこの作戦は失敗だと気付いた。

 手がつかれる。スマホを顔面に落としそうだ。体勢を変えたい。横向きになりたい。

 おりに背を向けて横になれば──そんなことを考えていると、おりが、んしょんしょという感じでわきの間に頭を入れてきた。シャンプーなのか、甘い香りがふわっとただよった。

 と同じにおいがした。

「ナチュラルにうでまくらさせるんじゃねぇ」声に冷たさをひそませる。

 マジでやめてくれ。今、全力で考えないようにしているんだ。

 あと、そこに居られると、どうさとられそうでいやなんだけど。

「この店はそういうサービス無いの? オプション?」

「店じゃねーよっ。なんだよ、オプションって。それ、絶対にいかがわしい店じゃねぇか。女子高生がそういうこと言うな」

「へへ。いいじゃん、これくらい」

 こっちを見上げたおりの目が細くなる。くるんとカールしたまつ毛が、まばたきでれる。

 わいいと思った。

 ちがうな。

 僕が初めてこいをした女の子は、今でも変わらずりよくてきだった。

 あわててスマホに意識を向ける。あのままおりのことをめていたら、あともどり出来なくなりそうだった。心の奥底でくすぶっていた火種がどうなったのか、僕はまだ観測していない。

 観測しなければ、それは事実ではない。

 ──そもそも、あともどりする必要はあるのか?

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