恋は双子で割り切れない

高村資本/電撃文庫

プロローグ1 《神宮寺琉実の独白》

 ちがいの多い生き方をしてきた。

 わたしの大きなちがいは、じゆんに告白したこと。そして付き合ったこと。

 しろさきじゆんはわたしのおさなじみだ。

 小学生のころ、妹のおりといつも遊んでいた家の横にある空き地に、家が建った。わたしたちの遊び場が無くなった代わりに、じゆんの家が建った。

 初めてじゆんに会った時、わたしはこいに落ちた。ひとれというヤツだ。きんちようのあまり、ぶっきらぼうによろしくと言ったけど、心の中ではガッツポーズをしていた。これなら遊び場が無くなっても全然許せると思った。

 じゆんはカッコ良かった。もろにタイプだった。

 切れ長の目で、でも目付きが悪い感じじゃなくて、鼻筋も通っていて、ちょっと生意気そうなふんを持ったその少年に、わたしは夢中になった。

 性格も見た目通り落ち着いていて、何かあってもゆうたっぷりの声で、「どうしたんだ?」なんてさらっと言ってのける感じ。今にして思えば、ただびをしていただけなんだろうけど、子どものころのわたしは「大人っぽくてカッコイイ」と思っていた。やることなすことカッコイイと思っていたんだから当然だ。少女のはつこいなんて、だれだってそうだと思う。ちょっとかみをかき上げる仕草にドキドキしたり、ほおを伝うあせや首筋の血管にれたり、先生に指された時、いとも簡単に正解を答えたり、かがんだ時に白いこつが見えたり、ほおづえをついて窓の外をうれいのある顔でながめている姿にキュンとするとか……その、色々あるよね。うん。

 わたしはどちらかと言えば活発なタイプだったから、余計にじゆんみたいな男の子と関わったのはそれが初めてだった。

 子どものころを思い出すと、じゆんそばにはいつも本があった。じゆんはともかく読書家だった。十分しかない休み時間でも、本を読んでいた気がする。もちろん六年間同じクラスだったわけじゃないから、常にそうだったのかはわからないけど、わたしの中ではそういうイメージ。ちなみに、このじゆんしゆが後々わたしを苦しめることにつながるのだけど、今はちょっと置いておく。

 そんなわけで、じゆんはとにかく物知りで、わたしたちまいに色んなことを教えてくれた。空が青く見える理由だったり、飛行機が飛ぶ仕組みだったり、ふたが生まれる理由だったり──

 でもさぁ。

 やっぱり、小学生の女の子に対して、何の照れもなくらんとか精子とか平気で言うのはどうかと思う。今になって思い返せば、そういうことを平気で言えちゃうのが大人だ、とでも思ってたんだろうな。幼いころのわたしは、ただじゆんすいに、じゆんは何でも知っててすごいって目をきらきらさせていた。我ながらバカ。


ふた


 それは、わたしとおり

 わたしにはおりという妹がいる。子どものころは、いちらんせいと疑われるくらいよく似ていた。かみがたいつしよだったし、服もいろちがいとかだったからよくちがえられた。それがおもしろくて、わたしたちはわざと大人をからかって遊んだりもした。

 でも、両親とじゆんだませなかった。

 わたしたちはいちらんせいじゃないから、どこをとっても見た目がいつしよなんてことはない。もちろん顔は似ているけど、見分けがつかないほどじゃない。そこに気付いてくれるかどうか。高校生となった今じゃ、かみがたちがうし体型もちがうから、もうわって遊ぶことはできない。

 わろうとも思わないけど。

 そんな外見と同様、わたしたちは性格も似ていなかった。子どものころから、そりゃもう明確にちがっていた。男子に交じって運動したり、イベントなんかを全力で楽しむわたしに対して、おりはいつもめんどうくさそうな顔をして、ぶつぶつ文句を言うタイプ。筋金入りの皮肉屋。

 そして……じゆん以上の読書家だった。おりは読書に限らず、映画やアニメやともかくそういうものすべてが大好きだった。この辺はちがいなくお父さんのえいきよう。加えて、頭の回転までいときた。言わんとすることは、もうわかってもらえると思う。

 じゆんはわたしよりおりと話が合ったのだ。

 しかも、けずぎらいなじゆんは、おりに本や映画の知識はもちろんのこと、勉強でも負けじと努力した。勉強ができなかったわけじゃないけど──というかじゆんはわたしより勉強できたけど、おりにはあと一歩届かなかった。満面のみで満点のテストをかかげるおりの顔を、本当にくやしそうな表情で見つめていた。

 そしていつのころからか、いつしよに遊ぶ回数が減った。理由をいた時はしていたけど、その理由はすぐにわかった。次のテストでじゆんは満点だったから。そう、じゆんは勉強していた。

 そんな小学生時代を経て、今ではちがいなくじゆんの方が上になった。何せ、中等部のころからずっと学年一位をキープしてるくらいだ。それくらいけずぎらい……と言いたいところだけど、もうちょっと別の理由があることをわたしは知っている。たまらなくくやしい理由が。

 それはともかく、そんなわけで、おりとわたしの性格や考え方は全く似ていない。

 だけど、好みは似ていた。と言うか、いくつかの好みがかぶった。

 好きなおが同じだったから最後の一個は取り合いになったし、お気に入りの服も同じだったから、よくどっちが自分のかで言い合いになったりした。だから、同じものが二つずつ増えていった。多分、自分とちがうものを持っているのが気に入らなかったんだと思う。

 そんな感じで、小さいころは好きな食べ物、好きな服、好きなおもちゃが同じだった。


 そして、好きな人も。


 おりがいつからじゆんのことをそういう目で見始めたのか、そのきっかけはわからない。

 けれど、わたしたちはふたまいだ。おりじゆんのことを好きだと気付くのにそんなに時間はかからなかった。少なくとも、中学生になる前にはすでと思う。

 わたしはと言えば、中学生になって、思春期が始まって、じゆんしやべることに少しずつ照れやずかしさみたいなものが芽生え始めたっていうのに、おりときたら子供のころと同じようにじゆんと仲良くだんしようしていた。

 それがねたましかった。くやしかった。

 わたしだって、じゆんともっとしやべりたかった。

 わたしが部活にのめり込んでいる間、二人がどうしていたか知らない。じゆんきゆうどうだったからそれなりに部活に行っていたけど、おりはほとんど帰宅部みたいなもんだった。それなのに、部活終わりに二人で帰る姿をけたことがある。一度や二度じゃない。仲良さげに歩く二人を見ていると、何となく声をけづらくて、わたしは遠くからその後ろ姿を見ることしかできなかったし、なんなら見付からないようにわざと電車を一本ずらすなんてこともした。

 だから、わたしは──

 おりの気持ちを知っていながら、気付かないりをした。全部、見なかったことにした。

 二年生にあがって、じゆんと同じクラスになった。一年生の時は別々のクラスだったから、学校でじゆんを意識することはそんなに多くなかった。

 でも、同じクラスになって、教室でも話すようになって、やっぱりじゆんから目がはなせない自分を自覚した。他の女子と話すじゆんの姿をけんする自分が居た。

 そして休み時間、じゆんの元に現れるおりを何度もけた。

 ああ、おりはこうして一年の時からじゆんのところに来ていたんだ。全然知らなかった。

 おりじゆんの友達とも仲良くなっていた。どんどん自分の居場所を作り上げていった。

 断られてもいい。ほんの少しでもわたしのことを意識して欲しい。

 いつしかそう考えるようになっていた。

 わたしはじゆんに告白しようと決めた。どんな結末になるにせよ、自分の気持ちに、なやみに、区切りをつけたかった。もしかしたら楽になりたかっただけかもしれない。それでもよかった。

 三年生になる前の春休みの夜、じゆんを呼び出した。シャワーを浴びて部活のあせを流して、かみを整えて、ほんのり色付くリップをって、気合いを入れ過ぎないようにしながらそこそこカッコのつく服を着て、《コンビニに行くからいつしよに来て》とラインでさそった。

 照れやずかしさを感じていたと言っても、そういうたのごとを簡単にできるくらいの関係ではあった。だっておさなじみだし、となりの家だし。

 メッセージを送る時は、やばいくらいきんちようした。送信マークの上で、どれほど指が止まっていたかわかんない。余りのこわさに、画面から目をらしたまま送信したのは今でも覚えてる。

 なんてウブでわいかったんだろうな、あのころのわたし。

 おりがおに入っているすきねらって待ち合わせた。さすがにだまって出て行くのは気が引けたから、「コンビニ行くけどなんかる?」とおのドアしに声をけた。

 何も知らないおりは「プリンよろしく!」とじやに返した。

 そのな声が、わたしの心の中にある黒々としたみにくかたまりさった。

 家を出ると、めんどくさいなぁという顔を張り付けたじゆんが、立っていた。

 そういう顔が似合うんだよね、また。困ったことに。

 コンビニまで何を話したか、どこを歩いたか思い出せないほど、わたしはきんちようしていた。いつ言おう。どうやって切り出そう。ああ、勢いで──なんて考えているうちにコンビニに着いてしまい、ひとまずプリン二つと飲み物を買った。

 帰り道、「久しぶりにあの公園寄ろうよ」とじゆんさそった。

 じゆんに告白するタイミングをのがつづけたわたしは、今日こそ言うんだ──この公園で告白するんだと心に決めていた。子どものころいつも遊んでいた小さな公園。すべだいとブランコくらいしか遊具はないけど、子どもが走り回るには十分な広さと立派なあずまがあるいつもの公園。

 この思い出の公園こそが、告白の場に相応ふさわしいと思っていた。

 それなのに……かくを決めたのに、いざベンチに座るとどうしようもなく不安になって、なんて切り出せばいいかずっとなやんでいた。断られたらどうしよう。てか断られるに決まってる。

 わたしはおりみたいにわいらしいわけじゃないし。

 というか、じゆんおりのことが好きだし。

 そう、わたしが言い出せずにいた一番の理由──じゆんおりのことが好きだったのだ。

 小学校の五年とかそれくらいのころじゆんはことあるごとにおりのことをいてくるようになった。しょっちゅうおりと話すくせに、「おりは家でどれくらい勉強してる?」とか「おりは今どんな本を読んでる?」とか。口を開けばおりのことばっか。あいつはそうやっておりのことをライバル視しているうちに本気になった──そうして疑念はいつしか確信に変わっていった。

 だれが見たって、おりのことが気になって気になって仕方がないって感じだった。

 それでも言うって決めたでしょ!

 何度自分を奮い立たせたかわからない。

 そう決めても、断られたらって考えるとどうしようもなくこわかった。以下ループ。

 ああ、わたしに告白してきた男の子たちは、こんな気持ちだったんだなんてちがいなことを考えてしまうみように冷静な自分も居て、何が何だかわからなくなってしまった。そんなこと考えてる場合じゃないけど──みんなすごいよ。こんなに勇気が必要なことをえてきたんだ。

 ダメだ。弱気になるな。やれる。わたしはやれる。

 ……ここで言わなきゃこうかいする。

 言える。うん、だいじよう。何度目かのループのあと、わたしはかくを決めた。

 人生で一番きんちようした。

 なんてカッコつけても、おくびようなわたしは真面目に言うのがずかしくなって、「わたしと付き合ってみない?」って、ちょっと軽い感じで告白するのが精いっぱいだった。これでも相当勇気を出した。事前に用意してたセリフなんて、もうどっかに飛んで行ってしまった。死ぬかと思った。心臓がバクバクしすぎて、じゆんに聞こえるんじゃないかってビクビクしてた。


 ちんもく。そして、せいじやく


「いきなりどうしたんだよ」

 じゆんの口からようやくでた言葉がこれだった。その言い方には、そんなこと言われても困るみたいなふくみがあった。いきなりなんかじゃないって言いたかった。

 ずっと好きだったって言いたかった。

 わたしには言えなかった。

 マジになるのがこわかった。

「四月から三年生だしさ、高校に上がる前にそういうの経験してみたいじゃん。うちらは受験も無いし、ちょうどよくない? 周りでもかれちの子とかちらほら居るし、おためしみたいな感じでどう?」

 付き合おうと言った同じ口で、おためしなんて口走ってしまうのがわたしだ。いつだって本当の気持ちを打ち明けられない。あれだけかくを決めたのに、すぐにげてしまう。はぁ。

 ちんもくこわくて、じゆんが深く考え込まないようにたたけた。

「ほら、じゆんだったら子どものころからの付き合いだし安心じゃん。おたがいのことよく知ってるし。じゆんだって、わたしなら丁度いいでしょ? それともわたしとじゃいや?」

 あせるあまり、都合のい女まっしぐらなことを言ってしまった。

 ダメだ。わたしはもうダメだ。ちょー情けない。自分で言ってて悲しくなってくる。

 もちろんそう言ったからって、じゆんうなずくような人じゃない。そんなことわたしが一番よくわかっている。でもじゆんやさしいから、わたしの言いたいことを察してくれた、と思う。

 ううん、思うじゃないね。じゆんはちゃんと察してくれた。だって、じっとわたしの顔をめて、「は本当に僕と付き合いたいの?」ときなおしてくれたから。

 じゆんがそう言ってくれたから、わたしは、ようやくなおに「うん」と言えた。

「わかった。いいよ」

 あれは人生で一番うれしかったしゆんかんじゆんに「よろしく」と返す時、さけびたい気持ちをどれだけこらえたことか。一人だったら、絶対に大声でさけんでた。

 だって、だって──わたしのはつこいじようじゆしたんだもん!

 家にもどって、おりにそのことを伝えたら、「これでかれちじゃん! おめでとう。いやぁ、かんがいぶかいねぇ。はつこい実ったねぇ」なんてお祝いしてくれた。けれども、見開かれた目の奥は、決して祝福していなかった。そんなおりの顔を見たら、わたしはどんだけざんこくなことをしてしまったんだろうと胸が痛くなった。

 罪悪感──そして、ゆうえつかんかえしやってきた。

 部屋にもどって、頭までかぶったとんの中でじゆんとのトークれきをさかのぼったり、子供のころの写真を見ながらあれこれもうそうしていると、いつしか罪悪感は消えていた。

 お似合いのカップルだと思った。自分で言うのもアレだけど、運動が好きで明るい女子と学年トップのしゆうさいって、ちがいないじゃん。それに、じゆんは気付いていないかも知れないけど、ひそかにこいごころいだく子がそれなりに居たりする。そういう話を聞くたびに、うれしいようなくやしいような複雑な気持ちになった。わたしの方が先に見つけたんだって、言って回りたかった。

 でも、そんなことを言う必要なんて無くなった。

 だって、じゆんはわたしのかれなんだから。

 かれ──そして彼女。

 かんなそのひびきは、わたしをちようてんにさせた。

 おりのことなんて忘れて、自分でも笑っちゃうくらいがっていた──最初のうちは。

 わたしだけのじゆん

 おりに見せないずかしそうな顔。

 やさしく耳元でささやいきじりの声。

 キスをする時にわたしの頭を支える、細長い指。

 そういう時、じゆんの中にはわたししか居なかった。おりかげはなかった。

 だからわたしは、いつしかおりの悲しそうな顔を忘れていた。いや、忘れようとしていた。

 最初は気をつかっておりの前ではじゆんの話をしないように意識していたのに、そのうち二人で行ったデートの話なんかを一刻も早くだれかに言いたくなってきて、いつしかおり相手に報告するようになった。今さらえんりよしたってしょうがないよね、なんて自分に言い訳して。

 あの子はいつもの調子で相手をしてくれていたけど、今考えるとわたしは最低だった。

 罪悪感をまぎらわせるために、はっきり言わないおりが悪いんだよ、まごまごしているから取られちゃうんだよって、自分を──自分のしたことを正当化し始めた。マジで最低。

 わたしは悪い姉だ。いやな姉だ。意地悪な姉だ。

 わたしは、姉失格だ。


 だから。

 こんなきたない姉だから。

 わたしはえられなくなってじゆんと別れた。きっちり一年で別れた。

 そうして、じゆんおりを無理矢理押し付けた。

 自分のみにくさをかくすために。罪をつぐなうために。

 わたしのはつこいは、かすかにきらめいていたのに、今はどろどろで、ぐちゃぐちゃで、どれだけみがいても、もう光らない。胸の奥にあるよどんだ池の中で、今も転がっている。

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